大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10963号 判決

原告 龍村仁

原告 小野耕世

右両名訴訟代理人弁護士 岡邦俊

同 栗山和也

被告 日本放送協会

右代表者会長 坂本朝一

右訴訟代理人弁護士 松崎正躬

同 杉本幸孝

右訴訟復代理人弁護士 宮川勝之

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告の従業員である地位を有することを確認する。

2  被告は、原告龍村仁に対し金二四二〇万三七三七円、原告小野耕世に対し金二二四〇万二九三五円、をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告(以下「NHK」という。)は、放送法八条に基づいて設立された法人である。

2  原告らは、いずれも、昭和三八年、NHKに従業員として雇用された。

3  NHKは、原告らを昭和四九年九月五日付で懲戒解雇したとして、同月一〇日以降、原告らの従業員たる地位を否認し、その就労を拒んでいる。

4  被告が各原告に対して昭和四九年九月一〇日以降昭和五六年三月末日までに支払うべき賃金(基準賃金及び賞与)の総額及び明細は、別表記載のとおりである。右金額の算出方法は、以下のとおりである。

(一) 原告らの昭和四九年九月における基準賃金を基本として、翌年から定期昇給及びベースアップ分を加算する。

(二) 考課は、原告らの昭和四九年度の成績が以後も継続するものと仮定する。原告龍村は昭和五〇年四月、原告小野は昭和五二年四月にB級からC級に昇進したものとする。

(三) 家族構成は解雇時より不変とし、基準外賃金は〇とする。

5  NHKの前記懲戒解雇は無効であるから、原告らはNHKの従業員たる地位を有するものである。また、原告らが昭和四九年九月一〇日以降就労義務を履行できなかったのは、NHKが原告らの従業員たる地位を否認しその就労を拒んだためであって債権者たるNHKの責に帰すべき事由によるものであるから、原告らは同日以降の賃金請求権を失わない。

よって、原告らは、被告の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、被告に対し、原告龍村に対しては金二四二〇万三七三七円、原告小野に対しては二二四〇万二九三五円の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5は争う。

三  抗弁

1  懲戒解雇を理由づける原告らの行為

(一) 原告龍村

原告龍村は、昭和四九年三月四日ごろから同年六月一三日ごろまでの間、上司の許可なくATG(アート・シアター・ギルド)映画「キャロル」の制作に監督として参加し、また同年四月一日から同年六月一三日までの間、上司が再三にわたり同映画制作に携わることを中止し出局することを命じたにもかかわらずこれに従わず、五五日間にわたって上司の承認又は許可なく欠務した。その事実経緯の詳細は次のとおりである。

(1) 原告龍村は、昭和四九年二月当時、NHK放送総局教養番組班工藤班に所属していた。同班は、「ドキュメンタリー」(総合テレビ)、「福祉の時代」(教育テレビ)、「ここに生きる」(ラジオ第一)及び「盲人の時間」(ラジオ第二)の各定時番組制作業務並びに特集番組、海外取材などの特別番組制作業務を担当していた。原告龍村は、右業務のうち、「ドキュメンタリー」、「福祉の時代」及び特集番組の企画・提案・制作業務並びに「福祉の時代」のフロア・ディレクター又はスタジオ・ディレクター業務に従事していた。

(2) 昭和四九年二月一四日(木)、原告龍村は、その上司であるNHK放送総局教養番組班部長清洲耕二に対し、ATG映画「キャロル」の制作にあたるため、これに要する三月上旬から四月末までの期間休暇をとりたく、また休暇で処理し得ない期間については、休職の取扱いをして欲しい旨の申出をした。これに対し、清洲部長は、その場で、「申出を認めることは極めて困難であろう。」と答え、次いで、同月二一日(木)にATGの映画制作業務に従事することは許可しない旨及び休職の取扱いはできない旨を原告龍村に申し渡した。同時に清洲部長は、その理由として、他企業の映画制作等のために、NHK職員が長期間本来の業務を離れることは好ましくなく、職場秩序の維持のうえにも大きな問題があり、かつ現在の協会の業務の実態からも困難である旨を述べた。

(3) 同年三月一日(金)、前記清洲部長は、ATG取締役事務局長北村芳気に対して、原告龍村のATG映画制作に対する協力参加申出をNHKは許可していない旨の文書を発送した。また同日、原告龍村は、一身上の都合により、三月四日から同一六日までの一一日間、勤労休暇の付与を受けたい旨を申し出た。渡辺一男NHK放送総局教養番組班担当部長は、これに対し、ATG映画に参加することは認めないと申し渡したうえで、右の休暇の付与を承認した。しかるに、翌二日の東京中日スポーツ紙に、原告龍村がATG映画「キャロル」の制作に参加している旨の記事が掲載されたので、これについて、NHK放送総局教養番組班副主管工藤敏樹は、原告龍村に対し、その事実の真否をただした。その折り、工藤副主管は再び、ATG映画制作への参加をNHKは許可していないことを原告龍村に申し渡した。その後、原告龍村は、前記のとおり、三月四日から六月一三日までの間四月四日を除いてはNHKに出勤することなく、その間、欧州ロケーションを含めて、ATG映画「キャロル」の制作に監督として携わった。

(4) 昭和四九年三月一三日(水)、清洲部長は、原告龍村に対し、ATG映画の制作業務に携わることを中止するように命ずる文書を発送した。

(5) 昭和四九年三月一八日(月)(三月一六日(土)までで前記申請にかかる勤労休暇が終わり原告龍村の出勤すべき日である。)、原告龍村は、出勤することなく、電話で工藤副主管に対し、同日から四月三日まで更に休暇を取得したい旨を申し出た。工藤副主管は、原告龍村に対し、前記文書を見たことを確認したうえで、ATG映画の制作への参加をやめ、即刻出勤するように申し渡した。

しかるに原告龍村は依然として出勤せず三月三〇日の経過により、原告龍村の有していた勤労休暇日数はすべて取得し尽くされた。

(6) 昭和四九年四月四日(木)午前一一時二〇分ころ原告龍村が出局したので、工藤副主管は事情聴取を行うと同時に、翌五日及び同月一一日に収録が予定されている番組「福祉の時代」のスタジオ・ディレクター業務につくよう指示を行った。右の事情聴取は、同日付のサンケイ・スポーツ等スポーツ芸能関係紙に、ATG映画「キャロル」制作にあたっていた原告龍村らがフランスから帰国した旨の記事が掲載されていたからである。

しかるに、原告龍村は、前記の業務上の指示に従わず、以後もATG映画の制作を続ける旨を述べ、翌五日以降一三日まで七日間の慰労休暇の付与を請求した。これに対して、前記工藤副主管は、ATG映画制作への参加を中止するようかさねて強く指示し、同時に右の休暇の付与は承認しない旨を申し渡した。また前同日午後五時四五分ころ、渡辺担当部長も原告龍村に対して映画制作を打ち切るよう強く命じた。それにもかかわらず、原告龍村は、慰労休暇票(慰労休暇付与の手続きに用いるNHKの所定書式)により前同年四月一日から三日まで及び五日から一三日までの合計一〇日間の慰労休暇付与の申出をし、工藤副主管がこの申出を承認しなかったにもかかわらず、その後欠務を続けた。

(7) 昭和四九年四月一五日(月)午後、郵便により原告龍村から、ATG映画制作を理由とする同日から六月一四日までの二か月間の欠勤願いが、清洲部長あてに届いた。

工藤副主管は、同日、原告龍村に対し、電話で、右欠勤願いを許可しない旨及び直ちに出勤を命ずる旨を伝えた。

(8) 原告龍村は前記のごとく、その後も欠務を続けたが、その間、四月一六日及び二三日に、NHKは、文書で、原告龍村に対し、欠勤は許可しないので、直ちに出勤を命ずる旨を伝達した。更に、昭和四九年五月七日及び八日に、工藤副主管から原告龍村に対し電話で、出勤を促すとともに、ATG映画制作に関する始末書を提出することを求めた。

右始末書の提出要求に対し原告龍村は、同年五月一八日(土)「映画『キャロル』制作に関する私の立場と考え」と題する文書を清洲部長あてに提出した。

(9) その後も原告龍村の欠務は六月一三日まで続き、この結果、同原告の不承認又は無許可欠務は、昭和四九年四月一日から起算して同年六月一三日までの間五五日間(休日一八日を除く)の長期に及んだ。

(二) 原告小野

原告小野は、昭和四九年三月一一日ごろから同年六月一三日ころまでの間、上司の許可なくATG映画「キャロル」の制作に企画・脚本担当者として参加し、また同年四月二三日から同年六月一三日までの間、上司が再三にわたり同映画制作に携わることを中止し出局することを命じたにもかかわらずこれに従わず、前後三七日間にわたって上司の承認または許可なく欠務した。その事実経緯の詳細は次のとおりである。

(1) 原告小野は、昭和四九年二月当時、NHK放送総局国際局渉外部番組交換ラジオ班に所属していた。同班の人員構成は、管理職一名、一般職四名であるが、同班の担当業務は、世界の放送機関からの要望依頼により制作したラジオ番組の録音テープ、円盤、放送台本等の定期、随時送付業務及びNHKが世界の放送機関から受け入れる交換番組の受け入れ業務である。原告小野は、右業務のうち、英語番組の定期送付業務、英語番組「世界の暦」春夏秋冬四本のうち夏冬二本の制作業務、国際放送番組「アジアのメロディ」からのトランスクリプション作成・関連業務(NHKが国内・国際放送用に作成、放送した番組のうち、海外提供に適したものを選び、再編成し英語の解説パンフレットを付してテープ又はディスクの形で海外放送機関に提供する業務)その他に従事していた。

(2) 昭和四九年二月八日(金)、原告小野は、その上司であるNHK放送総局国際局渉外部部長塩野崎宏に対し、ロック・グループ「キャロル」の映画を作ることになったので、右映画の制作に携わるため、三月及び四月の二か月間私事による休職の取扱いをして欲しい旨を申し出た。これに対し塩野崎部長は、その場で「申出を認めることは極めて難しいと考える。」と答え、次いで翌九日に、ATGの映画制作業務に従事することは、渉外部の業務に差し支えるので許可しない旨及び休職の取扱いはできない旨を申し渡した。

(3) 同年二月一八日(月)、原告小野は塩野崎部長に対し、三月四日から休暇をとりたい、ATGの映画制作の企画の中で、三月二八日にはフランス国営放送のスタジオで撮影をする予定もある旨を申し出た。これに対し、同部長は、休暇中であってもNHKが認めない業務をやってよいというものではない旨を申し渡した。

(4) 同年二月二〇日(火)、原告小野は塩野崎部長に対し、ATG取締役事務局長北村芳気名でNHKにあてたATGの映画制作についてNHK職員である原告小野の協力が得られるよう配慮して欲しい旨の文書を提出した。同部長は原告小野に対し、ATGの映画制作に従事することは認められないと重ねて申し渡した。

(5) 同年二月二三日(土)、原告小野は塩野崎部長に対し、観光を目的とする海外旅行のため三月一八日から四月六日まで勤労休暇の付与を受けたい旨を口頭で申し出た。

(6) 同年二月二六日(火)、塩野崎部長は、北村ATG事務局長あてに、前記同事務局長の文書による申出について貴意にそいかねる旨の回答文書を発送し、原告小野にもその写しを手渡したうえ、ATGの映画制作に従事することは認めないと伝えた。

(7) 右同日、原告小野は塩野崎部長に対し、観光目的の海外旅行のため昭和四九年三月一八日から同年四月六日までの二〇日間に勤労休暇一六日の付与を受けたい旨の「海外渡航休暇申請書」を提出した。この勤労休暇付与の申出は、のちに原告小野の上司であるNHK放送総局国際局渉外部主管藤井芳高によって承認された。

(8) 同年三月五日(火)、原告小野は塩野崎部長に対し、一身上の理由で同年三月一一日から同月一五日まで五日間勤労休暇の付与を受けたい旨を申し出た。この際、同部長が原告小野に対し、「三月一八日からの外国旅行中、協会が認めない業務に従事しないことを確言できるか。」とただした。同原告の右勤労休暇付与の申出は、のちに藤井主管によって承認された。

(9) 右の経緯で、原告小野は昭和四九年三月一一日から同年四月六日までの間に二一日間の勤労休暇を取得した。

ところが原告小野は、原告龍村はじめATGの映画「キャロル」制作スタッフとともに三月二一日から四月三日までフランス、イギリス等で同映画の制作に携わっていたことが、後日原告小野自身が書いた映画雑誌等の署名原稿で明らかとなった。

(10) 同年四月八日(月)、前記の勤労休暇が終り、原告小野が出勤すべき日であるが、同原告は出勤せず藤井主管に対し、電話で「体調が悪く旅行の後始末もあるので一日勤労休暇をとりたい」との申出があり、同主管はこれを承認した。

(11) 同年四月九日(火)、原告小野は出勤したが塩野崎部長に対し、一身上の都合により、四月一一日から残り六日間の勤労休暇の付与を受けたい旨を申し出た。同部長はこの際同原告に対し、重ねてATGの映画制作に携わることは認めていないことを申し渡した。

右の勤労休暇付与の申出は、藤井主管によって承認され、原告小野は同年四月一一日から同月一八日までの間に六日間の勤労休暇を取得した。このようにして、原告小野は、昭和四九年三月一一日から同年四月一八日までの間に、勤労休暇二八日を取得し、これで同原告が有していた勤労休暇はすべて取得し尽くされた。

(12) 同年四月一九日(金)、原告小野の出勤すべき日であるが、同原告は出勤せず塩野崎部長に対し、電話で頭痛と腹痛を理由に欠勤を願い出たので、同部長はこれを許可した。この日午後、同部長は渋谷区役所横を歩いていた原告小野に出会い、「病気でなかったのか。」と詰問したところ、「病院からの帰りだ。」と答えたが病院名については言葉をにごして答えなかった。

(13) 同年四月二〇日(土)、出勤した原告小野は塩野崎部長に対し、ATG映画制作に脚本担当者として参加しており、同映画は目下制作の最終段階に入っている旨を述べるとともに、一身上の都合を理由として同年四月二二日から一〇日間の慰労休暇を申し出たが、同部長は承認できない旨を申し渡した。

同年四月二二日(月)、原告小野は慰労休暇票を塩野崎部長に提出し、同年四月二三日から三〇日までに五日間及び五月二日から九日までに五日間合計一〇日間の慰労休暇の付与を申し出たが、同部長は、「NHKが許可していない業務に従事する疑いが濃厚であると判断するので、慰労休暇の申出は認めない。」と申し渡した。

(14) 原告小野は同年四月二三日以降出勤しないので、同年四月二三日(火)、塩野崎部長は原告小野に対し、直ちに映画「キャロル」の制作に携わることを中止し出局することを命ずる文書を発送した。

(15) 同年五月一〇日(金)、原告小野から塩野崎部長あて「一身上の都合」を理由として昭和四九年五月一〇日から同年六月一五日まで三〇日間の私事欠勤を願い出る旨の「欠勤願」が郵送された。これに対し塩野崎部長は同日午後、欠勤願は許可できない、直ちに出局して業務に従事するよう重ねて命じる旨の文書を発送した。

(16) 同年五月一八日(土)、塩野崎部長は原告小野に対し、欠勤の願い出を許可していないことを申し渡し、出局を命じてあるにもかかわらず、なお欠勤を続けているが、直ちに出局するよう重ねて命じる旨の文書を発送した。

(17) 同年五月二九日(水)、NHK放送総局国際局渉外部主査佐藤章は、電話で、小野に対し、前記(14)ないし(16)項の文書三通を受領したことを確認したうえで、①許可なく外部の映画制作に従事していること、②慰労休暇については不承認のまま、欠勤願については不許可のまま欠務していること、及び③たび重なる出局命令に応じないことの三点について始末書を六月一日までに塩野崎渉外部長あてに提出するように指示した。

(18) 同年六月一日(土)、原告小野は出局して塩野崎部長に対し、「映画『キャロル』の制作に関しての私の立場と考え」と題する文書を提出した。塩野崎部長は原告小野に対し、直ちに外部の業務を中止して出勤せよと命じた。

(19) その後も原告小野の欠務は六月一三日まで続き、この結果同原告の不承認又は無許可の欠務は、昭和四九年四月二三日から同年六月一三日までの間に三七日間の長期に及んだ。

(三) 映画「キャロル」の上映

昭和四九年六月二一日の朝日、毎日、読売の各夕刊に、「NHK・TVディレクター龍村仁監督執念の映像化」との見出しで映画「キャロル」の広告が大きく掲載され、同映画が翌六月二二日から日劇文化、新宿文化、川崎日劇の三映画劇場でロードショー上映されることが広告された。同広告には、「製作・龍村仁、葛井欣士郎」「企画・脚本・小野耕世」「怪人二十面相プロダクション+ATG提携作品」等の記載があった。

2  原告らの右行為が就業規則(以下「規則」という。)に違反すること。

(一) 不許可の映画製作業務に携わった(規則一〇条一号違反)。

(1) 規則には、次の規定が存在する。

一〇条 職員は、上司の許可を得ないで、次の行為をしてはならない。

(一) 事業を営みまたは他の業務に携わること。

(2) 原告らの映画「キャロル」制作に携わりたいとの申出に対しては、前記1記載のとおり、原告龍村に対しては清洲部長から昭和四九年二月二一日に、原告小野に対しては塩野崎部長から同月九日に、それぞれ許可しない旨が申し渡された。それにもかかわらず、同年三月初旬ころから同年六月中旬ころまでの間、前記1記載のとおり、原告龍村は監督として、原告小野は企画・脚本担当として、映画「キャロル」制作に参加した。

(3) 規則一〇条一号は、NHK職員が「事業を営みまたは他の業務に携わ」る行為は、元来、労働契約上の信義則に反する可能性が強い行為であって、NHKに対する職員の労務の提供を不能又は不完全にするおそれがあり、ひいてはNHKの職場秩序が阻害される危険があるばかりか、公法上の法人であるNHKが有している高度の公共性からみて、「事業」または「業務」の内容いかんによっては、NHKに対する社会の評価・信頼に悪影響を及ぼす場合もありうるところから、これを許可事項とし、右のような懸念がない場合、あるいは特に公益に資し、NHKの評価・信頼を高める等の積極的意義が認められる場合にこれを許可する趣旨で設けられているものである。

原告らは、ATG映画「キャロル」の監督又は企画・脚本担当者としての業務に従事したのであるから、右規則にいう「他の業務」に携わったものであることは明らかである。ATGと原告らの間の関係が委任であるか若しくは雇用・請負その他の労務提供契約であるか又は組合であるかによって右の結論は変らない。

もし、映画「キャロル」の制作が、ATGと関係のない原告ら独立の仕事であるとすれば、そのような映画制作は原告らの「事業」であり、右規則の適用を受ける点においてかわりがない。

(4) NHKが原告らの申出を不許可とした理由は、次のとおりである。

(イ) 長期間にわたる労務提供不能と業務上の支障

原告らから許可申出があった映画制作業務は、一般的に長期間にわたってそれに専従することが必要なものであり、NHKにおける職員本来の業務と両立し得ないおそれが十分にある。原告らも本件申出にあたっては相当長期間「キャロル」制作に従事することを予定していたのであるから、このような申出を許可すれば原告らのNHKに対する労務の提供が長期間にわたって不可能になる。

(ⅰ) 原告龍村の欠務によってNHKが被った業務上の支障

例年、二月から四月までは番組改訂等のため非常に繁忙な時期である。昭和四九年三月当時、放送総局教養番組班は、これまでの番組に加えて、新番組「この人と語ろう」(総合テレビ)の制作を控え、番組担当者の数を増やさなければならない状況にあった。また、原告龍村が属していた工藤班では、この時期、それまでの担当番組のほかに二名のプログラム・ディレクターが海外取材番組「太陽と人間」「開発途上国の子どもたち」などの制作にあたっており、更に「この人と語ろう」の五月分の制作と教養特集「生活保護」(教育テレビ)の制作が加わり、非常に業務が錯そうしていた。

右のような状況のもとで、原告龍村が欠務し、三か月間番組担当者のローテイションから外れたことにより、教育番組班全体のプロジェクトの運営計画にそごが生じた。工藤班としても、教養特集「生活保護」の制作にあたって同班の担当者のみではローテイションが組めず、他の班から応援を得てようやく制作を実施した。「この人と語ろう」五月分の制作はついに不可能となり、他の班がこの制作を実施することになった。また、きわめて具体的な業務上の支障としては、原告龍村が、上司から命じられていた昭和四九年三月七日、一四日、二一日、二八日、同年四月五日、一一日の「福祉の時代」のスタジオ・ディレクター業務に就かなかったため、これらの業務について担当者の変更や収録日の変更などを行うのもやむなきに至った。この外、原告龍村が担当するはずの仕事が他の班員に回るため、工藤班のみならず、教養番組班全体の業務の質・量両面に悪影響を及ぼし、仕事のしわ寄せを受けた班員の間に不満の声があがるなど、職場秩序の維持にも悪影響を及ぼした。

(ⅱ) 原告小野の欠務によってNHKが被った業務上の支障

原告小野が所属していた国際局渉外部番組交換ラジオ班においても、例年二月から四月までは一年中で最も忙しい時期にあたる。新年度送付番組及びその提供先の決定、新しく提供する番組の解説等の作成などの煩雑な業務が通常の業務以外に山積みしていた。

このような時期に、原告小野が三か月近く欠務したことにより、同班の業務の運営に重大な支障が生じた。同班の班員全員が原告小野の担当していた英語番組の定期送付業務確保に全力をあげた。反面、そのため、番組定期送付以外の業務については、大幅な遅延を生じた。例えば、トランスクリプション送付業務は、ほぼ半数の送付先について二週間から一か月半に及ぶ遅れを生じ、トランスクリプションのうち「アジアのメロディ」は当初昭和四九年六月完成予定であったものが一〇月ころに延び、ABU一〇周年記念レコードの作成も予定されていた同年秋のABU総会に間に合わなかった。そして同年五月二八日以降はついにアルバイトの雇用をやむなくされるようになった。また、班員の間に、原告小野が長期間欠務を続けることについて、不満が内攻し、職場秩序の維持にも悪影響を及ぼした。

(ロ) 類似業務性について

映画制作業務と番組制作業務は、いずれも高度な創造的・精神的活動を主体とした業務で互いに類似している。このような業務遂行能力をNHKを差し置いて長期間他の企業体の映画制作業務のために提供することを認めることは、NHKの職場秩序を乱すおそれが多い。職員は、NHKに対して誠実に労務を提供すべき労働契約上の義務を負っているのであるから、右のような業務を遂行する能力は、まずNHK内部で発揮すべきものである。

(ハ) 本件類似の他業務従事許可申出の可能性―本来の職務を軽視する風潮の醸成

NHKの番組制作業務は、企画演出担当者のほか、アナウンサー、美術デザイナー、カメラマン、効果音担当者など高度の専門能力を有する多数の職員によって支えられている。これらの専門能力を有する職員がNHKの外でその能力を発揮しうる類似業務は、多種多様に存在する。原告らの本件申出を許可すると、今後も長期間にわたる類似の許可申出が引き続いて起きる可能性が十分にある。本件の映画制作を許可すれば、そのような場合に、類似の申出も許可しないわけにはいかないことになる。これを次々と認めていると、次第に職場において本来の職務を軽視する風潮が醸成されかねず、業務の遂行や職場規律秩序に重大な障害をきたす。

(ニ) 公共放送としてのNHK―社会的批判

NHKは、高度の公共性を有する公法上の法人であって、公共放送を行う事業体であるから、放送事業の円滑な運営の確保と並んで、NHK自体の廉潔性の保持が社会、国民視聴者から要請され、期待されていると考えられる。したがって、NHKの職員が本来の業務を差し置いて長期間事業を営んだり、他の業務に携わることを許可することは、社会的批判を招く可能性が強い。

(ホ) 営利企業と共同して制作配給される映画

ATGの企業形態は、株式会社であって、営利を目的とする企業体である。製作される映画は、劇場で商業上映されることを目的としている。このような原告らの映画製作に対して、公共放送であるNHKが、重大な業務の支障を忍んで特に積極的に協力すべき理由は見いだし難い。

NHKとしては、右のような点を総合的に勘案して、原告らの申出を許可しないことにしたものである。

(5) 原告らは、上司の許可が得られなかったにもかかわらずATG映画の制作業務に従事したのであるから、規則一〇条一号に違反したことになる。

(二) 慰労休暇が承認されなかったにもかかわらず欠務した(規則八条八号、三条違反)。

(1) 規則には、次の規定が存在する。

三条 職員は、放送が公正不偏な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の育成に努め、国民に最大の効用と福祉とをもたらすべき使命を負うものであることを自覚して、誠実にその職責を果たさなければならない。

八条 職員は、日常の服務については、次の事項を守らなければならない。

……………

(八) 休暇の付与を受けるときは、あらかじめ、別に定めるところにより上司の承認を得ること。

(2) 慰労休暇については、規則及び職員休暇付与規程(以下「休暇規程」という。)に、次の規定が存在する。

規則二二条一項 職員には、次のとおり有給休暇を付与する。

(二) 慰労休暇

ア 満一〇年勤続者 一〇日

イ 満一五年勤続者 二〇日

ウ 満二〇年勤続者 三〇日

エ 満二五年勤続者 三〇日

オ 満三〇年勤続者 三〇日

カ 満三五年勤続者 三〇日

キ 満四〇年勤続者 三〇日

この休暇は、退職時まで有効とする。

休暇規程三条一項 慰労休暇は、資格発生の月からそれぞれ五年間に付与する。ただし、その期間内に付与を受けなかった者に対しては、退職時まで繰り越すことを認める。

同一八条 休暇の申し出、付与については、二条の勤労休暇及び四条から九条までの諸休暇は勤務カードにより、三条の慰労休暇は慰労休暇票により処理するものとする。

(3) 前記1記載のとおり、原告龍村は、昭和四九年四月四日慰労休暇票を上司である工藤副主管に提出して、同月一日から三日まで及び五日から一三日まで合計一〇日間の慰労休暇の付与を受けたい旨の申出をし、この申出は承認されなかったにもかかわらず右申出期間中欠務を続けた。原告小野は、昭和四九年四月二二日、慰労休暇票を上司である塩野崎部長に提出し、同年四月二三日から三〇日までに五日間及び同年五月二日から九日までの五日間合計一〇日間の慰労休暇の付与を受けたい旨の申出をし、この申出は承認されなかったにもかかわらず右申出期間中欠務を続けた。

(4) 慰労休暇は、NHK独自の有給休暇であって、労基法上の年次有給休暇とは、付与の資格、日数、方法等すべての点において違っており、その性質を異にする。したがって、労基法上の年次有給休暇請求権とは異なり、慰労休暇請求権は形成権ではなく、規則の定めるところにより、上司の承認を得てはじめて付与の効力が生ずるものである。

(5) 原告らの上司が、原告らの慰労休暇付与の申出を承認しなかった理由は、原告らの右休暇取得の目的が、NHKが前述の理由によって不許可とした「他の業務」に従事するためであったからである。原告龍村は、ATG映画「キャロル」の制作を継続するため慰労休暇を取りたい旨を上司に明言しており、原告小野は、「一身上の都合」で慰労休暇を取りたい旨を申し出たが、前後の状況から原告龍村と同じく右映画制作業務を継続するためであることは明白であった。不許可他業務従事という重大な就業規則違反行為を継続する目的でなされた慰労休暇付与申出に対して、NHKが承認を拒否できるのは当然のことである。

(6) 規則三条に定められた誠実に職責を果すべき義務の当然の帰結として、上司が慰労休暇の付与を承認しない以上、原告らは出局してNHKの業務に従事しなければならない職務上の義務を負うものである。

(7) したがって、原告らが前記のとおり、上司の承認が得られなかったにもかかわらず欠務した点は、規則八条八号及び三条に違反する。

(三) 私事欠勤が許可されなかったにもかかわらず欠務した(規則八条七号、三条違反)。

(1) 規則には、次の規定が存在する。

八条 職員は、日常の服務については、次の事項を守らなければならない。

……………

(七) 欠勤するときは、あらかじめ、欠勤願により上司に願い出ること。

規則に基づいて制定されている「勤務カード処理・記入要領」は、「欠勤の承認印は、カード右端の上司印欄に押印する。」と定めており、また、同要領別表「服務関係処理一覧」においては、欠勤は「欠勤願により承認」するものとされている。

(2) 前記1記載のとおり、原告龍村は、昭和四九年四月一五日、ATG映画制作を理由として同日から六月一四日まで二か月間欠勤したい旨の欠勤願を上司である清洲部長に郵便で提出し、この欠勤願は許可されなかったにもかかわらず出勤せず、結局右四月一五日から六月一三日までの間四五日間に及ぶ欠務を続けた。原告小野は、昭和四九年五月一〇日、一身上の都合を理由として右同日から同年六月一五日まで三〇日間欠勤したい旨の欠勤願を上司である塩野崎部長に郵便で提出し、この欠勤願は許可されなかったにもかかわらず出勤せず、結局右五月一〇日から六月一三日までの間二七日間に及ぶ欠務を続けた。

(3) 私事欠勤とは、職員が傷病以外のやむを得ない理由で労務の提供が一時できなくなった場合に、あらかじめ欠勤願により上司に願い出てその許可を得て認められる欠務のことをいう。NHKは、私事欠勤に対しても、一日につき基本給の九〇パーセント及び家族給の一〇〇パーセントを支給している。また、私事欠勤は、継続して許可されるのは一か月以内を限度とする(規則三九条一項四号)。

右私事欠勤の趣旨・取扱い、及び、前記(1)の規定、更に、NHKの業務執行について定めた「職制」別表4の「職務権限事項」の「部課庶務」3「勤務の管理」(6)「欠勤の願い出の処理」欄において、管理職についての欠勤願い出許可の決定は部課長又は部局長が、一般職についての同許可の決定は部課長が、それぞれ行う旨定めていることを総合すれば、私事欠勤にはあらかじめ上司の許可を必要とすると解せられる。私事欠勤許可不許可の決定及び許可日数は、欠勤を必要とする理由が社会通念上真にやむを得ないものであるか、業務上の支障があるかどうかを基準として、決められる。許可の実態は、通常一、二日程度のものである。一週間を超えあるいは一か月に及ぶようなものは、家族の看護をするためなど人道上、家庭生活上やむを得ない場合などの二、三の特別な例があるにすぎない。

そして、不許可欠勤は、その評価において無断欠勤に匹敵する職場規律侵害行為であるから、NHKでは、不許可欠勤を無断欠勤として取り扱い、正当な理由なくして無断欠勤が引き続き一四日以上に及んだ場合には、懲戒処分の免職又は停職の対象となるものとしている。

原告らの私事欠勤願を不許可とした理由は、原告らの願い出がNHKの承認していない映画制作を完成させるためであり、欠勤のやむを得ない理由とは認められず、また、欠勤申出期間が長期であってこれまでの欠務とあわせてすでに業務上重大な支障を生じさせていたからである。更に、龍村の欠勤願いは、「四月一五日から六月一四日まで二か月間」(この期間中龍村の就労すべき日数は四五日である。)というものであり、私事欠勤が認められる限度の一か月を超えていた。

なお、NHKでは、私事欠勤が引き続き一か月を超えたときにかぎって職員に私事休職を命ずることができる。私事休職は、私事欠勤一か月を経てもなおやむを得ない事情があって勤務につけない職員に対し、職員としての身分を引き続いて保証しながら六か月以内の一定の期間欠務を認める制度である。私事休職を命ずるか否かの決定にあっては、欠務の理由が社会通念上やむを得ないものか、人員配置上やりくりがつくか、長期間の欠務にもかかわらず雇用契約を継続するに足る妥当な理由があるかなどを判断の基準とし、具体例にそくして慎重に決定している。

原告らについては、私事欠勤を許可しない以上、私事欠勤を前提とする私事休職を命ずる余地はないが、原告らの私事休職を希望する理由がNHKの不許可として映画制作を行うためであったことも、私事休職を命じなかった理由の一つである。

(4) 規則八条七号の外、規則三条により、上司が欠勤の願い出を許可しない以上、原告らは出局してNHKの業務に従事しなければならない職務上の義務を負っている。

(5) したがって、原告らが前記のとおり私事欠勤の願い出が許可されなかったにもかかわらず欠務した点は規則八条七号及び三条に違反する。

(四) 上司の指示・命令に従わなかった(規則四条)。

(1) 規則には、次の規定が存在する。

四条 職員は、その職務の遂行にあたっては、上司の指示に従うとともに互いに人格を尊重し、かつ協力して職場秩序の保持に努めなければならない。

(2) 前記1記載のとおり、原告龍村は昭和四九年三月一三日から同年五月八日までの間、原告小野は同年四月二三日から同年六月一日までの間、それぞれ再三にわたって上司からATG映画制作業務従事を中止すること及び直ちに出局してNHKの業務に従事することを命じられたにもかかわらず、これに従わなかった。

(3) 原告らは、再三にわたる上司の他業務従事中止命令、出局命令又は業務従事命令に従わず、職場秩序を乱した点において、規則四条に定める職務上の義務に違反する。

3  原告らの行為の懲戒事由該当

(一) 職員責任審査規程一七条の適用

(1) 規則及び職員責任審査規程(以下「規程」という。)には、次の規定が存在する。

規則六〇条 職員が次の各号の一に該当するときは、別に定めるところにより懲戒する。

(一) この規則またはこの規則に基づいて作成される諸規定に違反したとき。

……………

同六一条 懲戒は、次のとおりとする。

(一) 免職

(二) 停職

(三) 出勤停止

(四) 減給

(五) 譴責

……………

規程一条 本則第六〇条の職員の懲戒については、この規程の定めるところによる。

同一七条 免職または停職は、次の各号の一に該当する場合にこれを適用する。ただし、情状により、他の処分とすることがある。

……………

(二) 正当な理由なしに無断欠務が引き続き一四日以上に及んだ場合。

……………

(四) 上司の許可なく在職のまま他に就職した場合。

……………

(一〇) 正当な理由なしに職務上の指示、命令に従わず職場の秩序をみだした場合。

……………

(一四) 前各号のほか、本則六〇条に該当し、その情が著しく重い場合。

(2) 前記2で述べたとおり、原告らの行為は規則一〇条一号、八条七号、八号、三条及び四条に違反したことになるが、原告らの規則違反行為は、左記のとおり免職又は停職の懲戒処分を適用すべき場合を定めた規程一七条に該当する。

(イ) 規則一〇条一号に違反した原告らの本件他業務従事は、規程一七条一四号に該当する。右一四号は、職員に「前各号」に掲げる事犯の類型にあてはまらない本則六〇条該当行為があって、その行為の内容が「前各号」の類型に匹敵するほどの重大性をもつ場合を指しているものと考えられるが、規程一七条四号には「上司の許可なく在職のまま他に就職した場合」との定めがあり、本件他業務従事は、社会通念上は「就職」そのものとはいえないとしても、従事期間が約四か月の長期にわたったこと及びその期間中完全にNHKの業務を放てきして他業務に専従していたことからみて、「就職」に匹敵するものと考えられるからである。

(ロ) 規則八条七号及び八号並びに規則三条に違反した原告らの不承認及び不許可の欠務(原告龍村は五五日、原告小野は三七日)は、規程一七条二号に該当する。原告らの欠務の理由は、NHKが許可しない他業務に従事するためであり、「正当な理由」には当らない。

(ハ) 規則四条に違反した原告らの業務命令違反は、規程一七条一〇号「正当な理由なしに職務上の指示・命令に従わず職場の秩序をみだした場合」に該当する。原告らが他業務従事中止命令、出局命令または業務従事命令に従わなかった理由は、不許可他業務に従事するためであり、「正当な理由」には当らない。

(二) 原告らの懲戒処分として免職を相当とした理由

以上、原告らの行為が規則三条、四条、八条七号及び八号並びに一〇条一号の各条項に違反し、規則六〇条並びに規程一七条二号、一〇号及び一四号の各条項に該当するものと認められるゆえんを詳述してきたが、右規程一七条は「免職または停職」を適用すべき場合を規定しているので、右の二種の処分のうち、特に原告らを「免職」とした理由を次に述べる。

(1) 不承認、不許可の欠務が原告龍村は五五日、原告小野は三七日の長期に及び、無断欠勤の限度である一四日をはるかに超えている。

(2) 原告らの他業務従事の態様が二重就職に匹敵し、労働契約の本旨にもとる行為である。

(3) 原告らは、上司の再三にわたる映画制作従事中止命令及び出局命令に対し、これに反抗又は無視する態度を示して従わなかったばかりでなく、外部の雑誌等に自己の一方的発言をする等、全く反省の色がなく、始末書の提出指示に対しても自己の一方的主張だけを述べるなど終始一貫上司に対する反抗的態度をとりつづけた。

業務に関する指示、命令に従うことは、職場秩序維持の根幹であり、業務上の指示、命令に公然かつ反抗的に従わなかったこれらの行為は、職場秩序を著しく乱す行為である。

(4) 原告らの日常の勤務状況には、特に原告らに有利な情状として斟酌すべきものがない。

NHKとしては、右(1)ないし(4)の理由により、原告らの規則違反の程度はきわめて重大で、とうてい労働契約関係を維持することができないとの判断に達し、免職の処分とすることに決定したものである。

4  解雇の意思表示

NHKは、昭和四九年九月九日、原告らには前記3の懲戒免職事由があるので、原告らを同日付で懲戒解雇する旨、原告らに対し意思表示した。

四  抗弁に対する原告の認否及び反論

1  抗弁1記載の事実は、認める。

2  抗弁2(一)の(1)、(2)記載の事実、(4)のうち映画制作と番組制作がいずれも高度な創造的・精神的活動を主体とするものであること、ATGの企業形態が株式会社であのことは、認める。その余は争う。

3  抗弁2(二)の(1)ないし(3)記載の事実、(5)のうちNHKが原告らの慰労休暇申請を、原告らがATG映画「キャロル」の制作を行っていることを主たる理由として承認しなかったこと、原告龍村の明言及び原告小野の申出の各内容は、認める。その余は争う。

4  抗弁2(三)の(1)、(2)記載の事実は、認める。その余は争う。

5  抗弁2(四)の(1)、(2)記載の事実は、認める。(3)は争う。

6  抗弁3(一)の(1)記載の事実は、認める。(2)は争う。

7  抗弁3(二)のうち原告らの欠務日数は認める。その余は争う。

8  抗弁4記載の事実のうち、NHKが昭和四九年九月九日原告らを同日付で懲戒解雇する旨原告らに意思表示したことは認める。

9  原告龍村(以下「龍村」という。)の本件解雇に至る経緯に関する反論

(一) ドキュメンタリー「キャロル」の制作と放送中止

(1) 龍村は、昭和四八年二月二八日、たまたま渋谷公会堂で第一回ロックンロール・カーニバルに出演していた、いまだ無名のロックンロールグループ「キャロル」の演奏を聞き、そのなかで躍動する若者のエネルギーに感銘し、このグループを追及することによって現代の若者の精神状況とこれを取り巻く時代の推移をえぐりだし、あらゆる階層の視聴者に訴えかけるドキュメンタリー番組を作ってみようと考えた。そこで、龍村は、同年三月初めころ、その所属する教育局教養番組班宮原班の班会に企画を提案したところ、宮原CP(チーフ・プロデューサー)をはじめ班員から面白い企画であるとして採択された。

このようにして、龍村は、総合テレビの「ドキュメンタリー」に放映される番組として、ドキュメンタリー「キャロル」の制作を開始した。同年四月一日、日比谷公園で開かれた第二回ロックンロール・カーニバルに出演する「キャロル」の撮影を皮切りに、宮原CPの許可の下に、取材、撮影、編集、ダビングなどの作業に専念し、同年七月初旬ころドキュメンタリー番組「キャロル」を一応完成させた。

(2) 同年七月一〇日、ドキュメンタリー番組「キャロル」の試写会が、NHK試写室において行われた。龍村は、このときはじめて、清洲耕二教養番組班部長と宮原CPとの間に右作品に対する見解の相違のあることを察知した。そこで、龍村は、清洲部長を説得するため、宮原CPの助言に従い、ナレーションを入れる手直しをし、七月中旬には、ドキュメンタリー番組「キャロル」を完成させた。

ドキュメンタリー番組は、ニュース的性格も帯びているから、完成してから一か月以内に放映されるのが通例であった。ところが、ドキュメンタリー番組「キャロル」は、放送日の決定がなされないまま日時が経過した。そして、同年八月一〇日、右作品を視聴した渡辺教養番組班庶務担当部長は、龍村に対し、この作品をドキュメンタリー番組として放送することは不適当であり、特集番組として放送するにふさわしいと述べた。更に、同年九月四日、はじめて右作品を視聴した清洲部長は、キャロルというロックンロールのグループをドキュメンタリーとして取り上げるのはドキュメンタリー番組になじまないし、また、その制作方法もNHKのドキュメンタリーの制作方法をとっていないから右作品は放送できないと言明した。

(3) 龍村は、ドキュメンタリー番組「キャロル」が、ドキュメンタリー番組としてふさわしくないといった漠然とした理由で放映されないかもしれないという事態に直面し、はたして右作品がNHKのドキュメンタリー番組としてふさわしいものであるか否かを、現実に第一線で番組制作に従事しているディレクターやカメラマンその他映像の分野で活躍している人達に問いかけるため、試写運動を行うことにした。試写運動は、同年八月初旬から九月下旬にかけて行われた。その間、多くの人達が試写を見た。ディレクターなどの中で積極的にこの作品を評価する気運が盛り上がっていった。またマスコミもこの問題を放送中止をめぐるトラブルと報道し、この波紋はNHKの外へと広がり、社会的な関心をひくようになった。

(4) このように「キャロル」がドキュメンタリー番組として放映されないことがNHKの内外に大きく波紋を広げていく中で、NHKは、同年九月二五日、それまで龍村の手元にあったドキュメンタリー番組「キャロル」のフィルムを龍村から回収し、同年一〇月二〇日のプロ野球番組のスタンバイ番組として放映を予定した。しかし、プロ野球が行われたので放映はされず、あらためて同月二八日午後四時から放映された。

そもそも、龍村は、金曜日の午後七時という時間帯にテレビを視聴する各世代の人達、ことにロックンロールという音楽に格別関心のない人達を対象に、現代の若者像を生々しく訴えかけることを意図してドキュメンタリー番組「キャロル」を制作した。ところが、NHKの放映のやり方は、龍村の制作目的を全く無視したものであり、ニュース性をないがしろにするものであって、まさに放送中止の措置であった。

(5) 龍村は、ドキュメンタリー番組「キャロル」を完成した後、週一回放送の「福祉の時代」のスタジオ・ディレクターの仕事を与えられただけで、従前担当していた「老後を楽しく」の演出業務も命ぜられなくなり、電話番同然の毎日となった。

(二) ATG映画「キャロル」の制作

(1) 龍村は、昭和四八年一二月二五日ころ、ロックンロールグループ「キャロル」のメンバーのジョニー大倉が失そうしたことを電話で知らされた。次いで同月二八日、ジョニー大倉から手紙を受け取った。その手紙の中には、在日朝鮮人としての自分と著名なスターとしての自分の生き方に矛盾を感じてどうしようもなくなったので、メンバーをやめて別の生活を送る、と述べられていた。龍村は、ドキュメンタリー番組「キャロル」の中でとらえた若者のあふれんばかりのエネルギーと迫力の源となっているかもしれない生い立ちの部分を追求するドキュメンタリーを制作してみたいと思った。

しかしながら、ドキュメンタリー番組「キャロル」の放送中止の直後であって、NHKのなかで同じ素材のドキュメンタリー番組の制作を提案しても、取り上げられないことは明らかであった。

そこで、龍村は、同年一二月三〇日、たまたま、NHKに龍村を訪ねてきたATGのプロデューサー葛井欣士郎に対し、ATGと提携して自主映画「キャロル」を制作することができないかどうかを打診してみた。葛井は、かつて、ドキュメンタリー番組「キャロル」を視聴し、そのなかで描かれている現代の若者のとらえ方に感心していたので、龍村に対し、まずATGへ企画を提案してみるよう勧めた。

(2) 龍村は、NHKの職員であって、前記試写運動を通して映像のあり方に関し互いに共鳴するものを見いだしていた原告小野(以下「小野」という。)に対し、ATG映画と提携して自分達の映画を制作してみようと相談し、小野の賛同を得たので、昭和四九年二月二日、ATGに対し、小野の作成した企画書を提出した。

ATGは、同月八日、企画選定委員会を開き、龍村及び小野から提出されていたロックンロールグループ「キャロル」を素材とした映画の企画を審議し、右企画を承認した。

(3) 龍村は、同年二月一四日、清洲部長に対し、ATGと提携してロックンロールグループ「キャロル」を素材とした映画を制作できることになったので、休職させてほしいと申し出た。その際、龍村は制作しようとする映画のテーマとあらすじを説明した。これに対して、同部長は、「休んでほかの仕事をするのはむずかしいだろう。」と言っただけで、龍村とATGとの関係や映画の内容についてほとんど説明を求めなかった。

同月二一日、清洲部長は、龍村に対し、映画制作のために休職することは許可しないと回答した。これに対し、龍村は、ATGを場とする映画の自主制作の意義を再度強調し、自分が自主的に自己の映像表現をするものであるから、再考してほしいと訴え、更に業務上の支障をきたさないことにも触れて不許可はおかしいと述べた。しかしながら、同部長は、これに聞く耳を持たないという態度に終始した。

龍村は、同年三月一日、同月四日から一六日までの一二日間につき勤労休暇を取得する旨申し出て受理された。その際、渡辺担当部長からATG映画の制作を認めていないと言われた。龍村は同部長に対し、ATG映画の制作はあくまでも自主制作であるから、許可の対象ではないはずであると反論した。これに対し、同部長は、映画制作は許可しないと繰り返すのみであった。

(4) 龍村は、もはや優れた映画作品を生み出すことを通してNHKの理解を得ていく以外にないと考え、同年三月五日、小野と共に、ATGとの間で映画制作に関する契約書を取り交した。この契約の概要は、龍村と小野とが映画「キャロル」を五月一八日までにその責任において制作完成させ、これに要する制作費一二〇〇万円のうち六〇〇万円を龍村らで自弁し、六〇〇万円をATGが出資する、配給興業はATGが行い、配給収入はまずATGの出資金の返済にあてる、というものであった。

翌六日、龍村は、記者会見で、ATG映画「キャロル」の制作開始を表明し、撮影に取り掛かった。そして、同月二一日からは、ヨーロッパで撮影を行い、同年四月三日帰国した。

翌四日、龍村は、NHKに出勤して工藤副主管と会い、これまでの事情を説明したうえ、映画制作を理解してほしいと述べたが、許可していない映画制作に従事してはならないとおうむ返しに繰り返されたあげく、同月五日と同月一一日の「福祉の時代」のスタジオ・ディレクター業務を指示された。そこで、龍村は、工藤副主管に対し、慰労休暇を取得したい旨告げて庶務班に行き、「慰労休暇票」に係員の説明に従って同月一日から同月三日まで及び同月五日から同月一三日までの一〇日間慰労休暇を取得する旨記載し、工藤副主管の机に右票を提出した。龍村は、この有給休暇期間中、帰国したキャロルやジョニー大倉の軌跡などの撮影を行う傍ら、撮影済みのフィルムの編集に没頭する毎日を送った。

(5) 龍村は、同年四月一五日、清洲部長あてに、ATG映画を完成させるためにおよそ二か月間を要するので、同日から同年六月一四日まで二か月間欠勤したい旨記載した「欠勤願」を郵送した。欠勤願は、同日NHKに到達した。

NHKは、右欠勤願に対して、許可していないATG映画の制作に従事するものであるから許可しないとし、同日、龍村に対し、工藤副主管から電話でその旨通知し、翌一六日及び同月二三日にそれぞれ内容証明郵便で、欠勤を許可しないから出局を命ずる旨通告した。すなわち、NHKは、欠勤の目的がATG映画の制作であるとの一点のみで不許可であるとしてこれに固執し、ATG映画の制作に関する具体的内容を十分斟酌し、かつ業務上の支障を具体的に検討したうえで不許可にするとの説明は一切しなかった。

(6) 龍村は、私事欠勤期間中、撮影と編集とダビングに専念した。自主制作であるが故に、編集の場所や旧式の編集器材を自ら借り受けて編集を行い、その傍ら現像や著作権の手続、撮影のための汽車の切符や宿泊地の手配など映画制作に付随するすべての雑務も自前で行わなければならなかった。このため、ほとんど自宅に帰らず、編集室の中でフィルムに取り囲まれて一日わずか二、三時間の睡眠しかとれない日々を過ごした。このような状態であったため、同年二月一四日の休職申出にあたって、制作期間を二か月と予定したが、これを一か月間延長しなければならなくなった。この間、龍村は、自分が欠勤していることによる職場の影響について、その所属していた日本放送労働組合放送系列家庭教養分会の細谷委員長と常にコンタクトをとり、業務が混乱するようであれば映画制作を一時中止してでも出勤することもやぶさかではないと考えていたが、かかる事態を生ぜせしめているとの連絡はなかった。

(7) NHKは、同年五月七日、工藤副主管をして、龍村に対し、電話で始末書の提出を求めた。これに対して、龍村は、同月一七日、NHKに対し、「映画『キャロル』制作に関する私の立場と考え」と題する書面を提出した。その中で、龍村は、現実に行われている各種の外部業務の実態、休暇・欠勤申請の実態を勘案する時、現在私に対してなされている判断はきわめて恣意的な性格が強く、むしろ、NHKの社会的使命、存立の意義に照らして誤ったものであると弁明し、映画「キャロル」の制作はNHKの職員としての基本的立場に何らもとるものではないと主張したうえ、機会の許すかぎり私の立場と考えについて述べる意思をもっていると付記した。ところが、NHKは、右文書の内容について一片の釈明もせず、責任審査委員会への出席すら求めなかった。

(8) 龍村は、同年六月、ATG映画キャロルを完成させた。

(三) 欠務期間中の「業務上の支障」

(1) 龍村は、前述したとおり、ドキュメンタリー番組「キャロル」の放映中止以降、週数回のスタジオ・ディレクター業務につく以外にみるべき業務がなかった。しかも、右業務は、番組収録当日に出演者の案内、食事の世話などといった使い走りに類する仕事を担当するものであって、アルバイトでも代替できる業務である。したがって、龍村の欠務によって、現実に業務上の支障を生じさせることはない。

(2) 昭和四九年三月二〇日、日本放送労働組合放送系列家庭教養分会の執行委員長ら三役が、教養及び家庭番組班の清洲部長ら管理職との間で、新年度の番組編成をめぐる労働条件に関して三役折衝した際、管理職側は、教養番組班に「この人と語ろう」という新番組が増えることになり、これを鈴木CPの所管の下に各班持ち回りで制作することにするが、教養番組班では廃止される番組もあり、しかも、特殊要員を一名配置されているうえに出向中の玉谷、山崎らのPDも復帰するから、人員配置上十分にカバーされ、労働強化になることはないし、また、工藤班のPD二名が特集番組及び海外取材の担当となってドキュメンタリーの業務からはずれることになるがそのかわりに二名のPDが同班に復帰することになるから問題はなく、新番組の改訂に伴って労働条件に影響を及ぼすようなことはないと説明した。

また、右三役折衝において、清洲部長らは、すでにATG映画の制作のために勤労休暇中の龍村の問題について、分会の質問に応じて言及したが、映画制作のための休暇は許可しないと説明したにとどまり、映画制作がなにゆえに許可されないのかということはもとより、このために生じる業務上の支障についてもなんら言及しなかった。

(3) 同年六月二七日、同月二八日及び同年七月一日の家庭教養分会人事委員協議において、NHKは、龍村の欠務による業務上の支障について、「一人のプログラム・ディレクターとして予想されるいくつかの業務が欠落する。」などと抽象的に述べたにとどまり、具体的な現実の支障を全く指摘しなかった。

10  原告小野の本件解雇に至る経緯に関する反論

(一) ATG映画「キャロル」の制作

(1) 小野は、龍村と同期であり、同じ教育局のプログラム・ディレクターであった。昭和四八年七月末ころ、ドキュメンタリー番組「キャロル」の試写を視聴し、「キャロル」というグループの存在が非常に生々しく描かれ、現代の若者の姿が見る者に分かり易く迫ってくるドキュメンタリーであると感心した。ところが、この番組が放送中止になるかもしれないという事態になったので、小野は、試写運動に協力して放映の実現を図ったが、結局、放映中止となってしまった。

(2) 同年一二月、小野は、龍村から、「キャロル」を素材とする映画の企画をATGに提出してみようと相談をもちかけられた。小野は、企画を提出することに賛同し、企画・脚本を担当することとした。そして企画書を作ってATGに提出した。この企画は、ATGの企画選定委員会で承認された。

(3) 小野は、昭和四九年二月八日、塩野崎渉外部長に対し、ATGと提携して、「キャロル」を素材とする自主映画を、テレビディレクターの経験を生かして制作したいと述べて、二か月間の私事休職を申し出た。その際、小野は、ディレクターがその感覚と手法で映画を制作してその経験をNHKに持ち帰ることに非常に意味があると力説した。これに対して、同部長は「非常にむずかしいんではないか。」と答えたので、小野から「休むことによって業務上の支障をきたすからか。」と質問したところ、「いや、そうではない。業務上の支障ということではない。もし業務上の支障ということが問題になることがあるとしてもそれは一番最後だろう。」と返答した。そして、同部長から小野とATGとの関係や映画の内容にわたる質問はなく、なにゆえに「むずかしい」のかの説明はなされなかった。

翌九日、塩野崎部長は、小野の映画制作に伴う休職の申出について、「それは就業規則に違反する。君はNHKにはいる時に労働契約を結んだろう。それに印を押したろう。だから就業規則に従わなければいけない。就業規則によって他業務に拘わることは禁止されている。」と述べた。小野は、この映画の企画は大変すぐれたものだからぜひ休職を許可してもらいたいと繰り返し述べ、フランス国営放送での「キャロル」の演奏を撮影する計画もあると説明した。しかし、同部長は、「君が希望を私に言うのはそれは君の自由だけれども、私としてはやはり許可できないものは許可できない。」と何遍も繰り返しただけであった。

更に、小野は、同月一八日、塩野崎部長に対し、再度ATG映画の制作が有意義なものであるから休職を許可してほしいと申し出たが、同部長から、たとえATGから依頼があっても許可できないと繰り返された。そこで、なんとかNHKとの関係を円満に保ちつつ映画作りに取り組んでいくため、同月二〇日、ATGからNHKにあてた要請書を同部長に提出した。このときも、同部長からATGの実績や設立の趣旨、小野らとの関係、あるいは制作にいたる経緯について説明を求められることはなく、また、業務上の支障について話はなかった。

同部長は、ATGからの右要請に対しても、その内容をなんら検討することなく拒否する旨の返書をさしだした。

(4) 小野は、NHKが実質的な理由を示さずに休職を許可しなかったので、やむを得ず、まず勤労休暇を取得して制作に着手することにし、同年二月二三日、同年三月一八日から同年四月六日までの間海外旅行のため勤労休暇を取得する旨塩野崎部長に口頭で申し出た。そして、同部長の指示により、「海外渡航休暇申請書」を提出した。その際、同部長は、「やってはいけないことをやってもらっては困る。」と述べただけであった。

この段階において、小野は、ディレクターが映画制作の経験を経て再びNHKの放送番組の制作に従事していくことに意味があると考えていたので、NHKとの間で無用の摩擦を極力避け、早く映画を完成して職場に復帰したいとの考慮から、海外旅行を観光の目的とし、勤労休暇の取得も一身上の都合によるものと申し出た。このことは、日常的に接触し互に気心を知っている塩野崎部長も察知していた。

(5) 同年三月六日、塩野崎部長が率先して小野の属するラジオ番組班の班会を開き、小野の海外旅行のための勤労休暇について話した。このころ、すでに班員らは小野が映画制作にとりかかることを知っており、全く異議なく右休暇を了解し、特に業務上の支障をめぐる論議はしなかった。

(6) 小野は、撮影のため、同月二一日から同年四月三日までヨーロッパに行った。

帰国した小野は、同月八日、電話で身辺整理のために勤労休暇を取得する旨申し出、翌九日出勤して塩野崎部長に会い、同月一一日から同月一八日までの勤労休暇を申し出て受理され、同月九日の班会でも了承された。同部長は、すでに映画制作をしていることを知っており、班会をした方が「君の一身上の都合にもいいだろう。」と言って班会を開いたのである。

海外ロケ後、龍村と共に国内ロケや編集に忙殺される日々を送り、映画の早期完成を目指した。

(7) 同年四月一九日、小野は、日々、徹夜に近い状態であったため、気分がすぐれず、電話で病気欠勤を連絡して自宅で休養した。翌二〇日、出勤して塩野崎部長と会い、同部長から「そろそろ小野忍者、覆面を取ったらどうか。」と問いかけられたので、小野は、自分が企画・脚本を担当してATG映画「キャロル」の制作をしていると述べ、一〇日間の慰労休暇の取得を口頭で申し出た。そして、同月二二日、「慰労休暇表」を同部長に提出した。この際、同部長は、「NHKが認めていない業務に従事するための取得は認められない。」と述べただけで、業務上の支障には何ら言及しなかった。

(8) 小野は、慰労休暇期間中も編集に没頭したが、資金不足やNHKとの間が円満にいかなかったことなどから、なお完成までには日時を要することとなり、同年五月九日、NHKに対して、郵送で同月一〇日から同年六月一五日までの私事欠勤を願い出て、五月一〇日から六月一三日まで私事欠勤した。この間、映画制作は膨大な撮影済フィルムと録音テープを編集する段階に入っており、小野は、これに付随する雑多な仕事を一手に引き受け、帰宅もせずに不眠不休の状態で、映画の完成に向けてきわめて多忙な日々を送った。NHKは、五月一〇日付け内容証明郵便で右欠勤願いを許可しない旨通知したが、その理由は、従前から繰り返されているとおり、NHKの認めない映画制作に従事するから許可しないというにとどまり、格別、現実に業務に支障をきたすことが理由にあげられてはいなかった。

(9) NHKは、佐藤ラジオ番組班主査をして、同年五月二九日、小野に対し、電話で始末書の提出を求めた。小野は、同年六月一日、NHKに赴き、「許可していないことだからやっては困る。」との無内容な論理の対応ではなくて、NHKの社会的な使命に照し、ATG映画を自主制作することの新鮮な体験をNHKに持ち帰り放送番組の質的向上に資するかも知れないとの見地に立って対処してほしいと述べ、龍村と同趣旨の「映画『キャロル』制作に関する私の立場と考え」と題する書面を提出した。

(10) そして、小野は、龍村の監督によるATG映画「キャロル」を完成させた。

(二) 欠務期間中の「業務上の支障」

(1) 小野が、ATG映画の制作に伴う休職の申出をした当時担当していた仕事は、比較的単純なものが多く、ほとんどが同じ班の班員と融通、代替しあえる性質のものであった。したがって、班会において班員から勤労休暇中の仕事の代替が容易に了解され、小野の欠務期間中班員から人員あるいはアルバイトの補充要求はなく、班員の時間外勤務が生ずることもなかった。また、小野が担当していた「世界の暦」の制作時期と欠務期間がかち合うことはなかったし、N響の演奏を収めたトランスクリプションも外国放送機関での放送日が特定されているわけではないので、小野の欠務期間中、トランスクリプションの送付に関して、何らのクレームもなかった。また更に、NHKは、小野の欠務期間及び本件解雇後二か月間にわたり小野の代替要員を補充しなかった。

(2) 右のような状況であるから、NHKは、小野の欠務による具体的な現実の業務上の支障を指摘し得ず、結果としても業務上の支障はなかった。せいぜいもし欠務がなかったなら「より的確な業務の運営が行われたであろう」と言いうるにすぎない。

五  原告らの主張及び再抗弁

本件解雇は、以下のとおり、無効である。

1  憲法二一条、民法九〇条違反

(一) 「放送の自由」と番組制作者

放送が登場する前の社会では、「表現の自由」は、だれでもが話し、書き、印刷し、他人に自己の意思を通達するという、通達(表現)手段の開放性の上に築かれていた。現代社会では、出版事業や新聞事業が大規模化し、その設備のために莫大な費用を要するとしても、出版や新聞の創設について法的規制はない。これらを創設する自由は、形の上ではまだ開放されている。

他方、放送は、登場の当初から国家権力による周波割り当てを前提とする独占的表現手段であった。放送を創設する自由は、本来制約され、そこには何らの開放性もないのである。放送の中でも、テレビ周波における独占性は、ラジオよりはるかに強い。故に、表現の自由を「通達(表現)手段の開放性」という右の古典的意味に求めるなら、テレビには本来表現の自由はないと言える。

しかし、もしテレビ企業内で、制作労働者がそれぞれの番組制作過程において創造性を発揮する道が保障され、自らの良心に従って多様な価値観に基づく放送をする道が閉されていなければ、たとえ放送施設が独占されていても、テレビを多角的な表現の場とすることは不可能でないのである。

したがって、NHKが放送による表現の自由を確保するためには、何よりもまず個々の制作労働者に対し「放送による表現の自由」を保障しなければならない。

(二) 市民的自由としての表現の自由

原告らの映画「キャロル]の制作は、NHKの業務とは無関係に行われる原告らの表現行為であり、本来原告らの市民的自由の範囲に属するものであって、NHKの許可、不許可の対象外の行為である。

このことは、規則一〇条三号で定める許可事項の「業務に関して新聞、雑誌等に寄稿しまたは講演出版等をすること」との対比からも明らかである。まず右条項の反対解釈として、業務に関しない寄稿、出版、講演等については上司の許可は不要である。規則が昭和二四年に制定されたもので、民主主義おう歌という戦後間もない時代の影響を帯びていることからすれば、右条項の例示の中に映画制作がないからといって制定者が意図的にこれを除外したとはいえない。例示の中に映画制作がないのは、制定者が、活字から映像へという表現方法の変化、まして活字に対する映像の優位という今日の状況を予期しなかったからである。

また、執筆等は、勤務時間外に行われうるが、映画制作はそうではないという違いは、メディアの違いからくる方法の違いであって、このことをもって、映画制作につき業務に関すると否とを問わず許可が必要であるとはいえない。

いずれにせよ、NHKが原告らの映画「キャロル」の制作を不許可にしたことは、原告らの市民的自由としてのNHK外における表現の自由を侵害するものであり、憲法二一条一項、民法九〇条に反する。

(三) 労働契約に内在する理念としての表現の自由

原告らがNHKに提供する労働の内容は、「思想又は感情を創作的に表現する」行為である。原告らは、創造性にみちた「表現行為」を再生産し、NHKに対し継続的に供給すべき義務を負っている。ところで、創造的活動はすべて実験の集積の上に成立するものである。創造とは、現在の固定した方法論を排し新たな方法論を作り出す実験に他ならない。右(1)で述べたとおり原告ら番組制作労働者が本来自由な創造者であるべきであり、NHKが本来自由な放送機関であるべきであることからすれば、原告らは絶えず番組制作上の実験を試みる権利を有し、NHKはその場を提供する義務を負う。しかし、テレビには、番組の長さ、制作期間、放送時間等の実験的な番組をそのまま出せるわけではないという限界があることも事実である。そして、原告らテレビディレクターにとって、ATGは、テレビ外における最良の「実験の場」だったのである。

ATGにとって、あるいは広く日本の映画界にとって、「テレビ的な新鮮な感覚と方法を持った映画」を現職のテレビディレクターの手によって完成させることは、きわめて重要な意義があった。したがって、テレビ的手法をもつ番組制作労働者たちを丸抱えにしているNHKなどの放送機関は、映画などの隣接の映像文化の向上のために、番組制作労働者たちの豊かな才能を放出する義務を負う。また、反面、番組制作労働者たちが、外部で映画を作り、その成果をもち帰ることは、放送機関にとってもすばらしいことである。

以上のように、NHKが映画「キャロル」の制作を不許可にしたことは、原告らとNHKとの間の労働契約に内在する理念としての表現の自由に抵触し、憲法二一条、民法九〇条に違反する。

(四) 右(一)ないし(三)のとおり、NHKが、原告らの映画「キャロル」の制作を不許可にしたことは、憲法二一条、民法九〇条に違反するものであって無効である。また、NHKは、原告らが許可しない映画「キャロル」の制作に従事(しようと)していることをほとんど唯一の理由として、原告らの慰労休暇の申請を承認せず、欠勤の願い出を不許可にし、更には、許可しない映画制作に従事したこと、慰労休暇申請が承認されず、欠勤願が許可されないのに欠務したこと、映画制作の中止命令、出局命令に従わなかったことを理由として、原告らを懲戒解雇したのであるから、映画「キャロル」の制作を不許可にしたことが右のとおり無効である以上、慰労休暇の申請の不承認や欠勤の願い出の不許可も、憲法二一条、民法九〇条に違反し、更に懲戒解雇も憲法二一条、民法九〇条に違反して無効である。

2  就業規則の解釈・適用の誤り

(一) 規則一〇条一号について

(1) 本号の「他の業務に携わる」とは、「事業を営み」との対比上、他者つまり当該労働者以外の者の業務に従事することを指すのであり、「第三者の支配下で反覆または継続して行われる事務に携わる」ことのみをいうと解すべきである。そして、このように解してはじめて本号の立法趣旨は合理性をもつのである。

本件における原告らの映画「キャロル」の制作は、原告らがATGと提携して、自らの意思と責任で行ったものであり、右の意味で「他の業務に携わる」ことにはならない。

(2) 原告らの映画「キャロル」の制作が、仮に、「他の業務に携わる」ことにあたるとしても、NHKは当然右制作を許可すべきであった。

(イ) まず、原告らの映画「キャロル」の制作は、NHKに対する社会の評価、信頼に具体的な悪影響を及ぼす業務ではない。したがって、「『業務』の内容いかんによっては、NHKに対する社会の評価、信頼に悪影響を及ぼす場合もありうることから、これを許可事項とし、右のような懸念がない場合……に許可する」という本号の立法趣旨からすれば、当然許可されるべきであった。

(ロ) また、被告は、本号について「特に公益に資し、NHKの評価・信頼を高める等の積極的意義が認められる場合にこれを許可する趣旨」と主張しているが、労働者の職場外における諸行為は、本来自由であって、使用者が右の自由を原則的に制約し、「使用者の評価・信頼を高める等の積極的に意義のある行為」のみを例外的に許可することは、労働者に対し、生活の私的領域においても使用者に忠誠を求める行為に外ならず、職場規律としての就業規則の趣旨をはるかに逸脱する拡張解釈であって、許されない。したがって、原告らの映画「キャロル」の制作をNHKにとって積極的な意義がないとして不許可にすることはできず、右映画制作は許可されるべきであった。

(ハ) 次に、被告の主張する不許可理由ごとに検討する。

(ⅰ) 不許可理由第一点(抗弁2の(一)の(4)の(イ))について

たしかに、映画制作は、出版などと比べて長期間を要する。しかし、本件の映画「キャロル」の制作に要した期間は、映画の制作期間としては、異例の短期間である。また、原告らは、制作による欠務の終期についても一応明らかにしており、NHKとしては、原告らが再び業務を提供しうる時期について、十分な予知をなしえた。したがって、第一点は不許可の理由となりえない。

(ⅱ) 不許可理由第二点(抗弁2の(一)の(4)の(ロ))について

映画制作も番組制作も「高度な創造的・精神的活動を主体とした」行為であることは事実である。しかし、「創造的・精神的活動」とは、表現行為一般についてあてはまるものであり、小説や評論の執筆、音楽や映画の創作等、あらゆるジャンルの表現行為は番組制作に類似している。また、「類似しているから……不許可」というのでは、NHK外における映画制作は一律に禁止される結果となる。かえって、映画とテレビとは映像という点に関しては類似しているがゆえに、共存共栄を図るべきであり、その才能は共有しなければならない。

また、労働者は、使用者に対して、「誠実に労務を提供すべき労働契約上の義務」を負っているが、私的領域を含めた全表現行為を提供しなければならないものではないから、使用者の所有・管理する表現手段の「内部で右の能力を発揮すべき」ものとはいえない。

更に、NHKは、原告龍村を「ドキュメンタリーキャロル」の番組制作過程から排除したのであるから、原告らが映画「キャロル」の制作を企画した段階で、原告らが右映画制作についての能力をNHK内部で発揮する道は、NHKの手によって完全に閉ざされていたのである。

以上のとおり、第二点も不許可の理由となりえない。

(ⅲ) 不許可第三点(抗弁2の(一)の(4)の(ハ)について

NHKの他の職員から、本件に類似した他業務従事について、申出がなされる現実の可能性や蓋然性はなく、不許可理由第三点は観念論にすぎない。

もし、NHKの他の制作労働者たちが、原告らの行動に刺激され、発奮して、NHK内外でさまざまな創作上の実験を試みるようになれば、その風潮は祝福すべきことでこそあれ、「本来の業務を軽視する風潮」ではない。

したがって、第三点も不許可の理由となりえない。

(ⅳ) 不許可理由第四点(抗弁2の(一)の(4)の(ニ))について

NHKは、憲法及び放送上は、TBS、東京12チャンネル等の一般放送事業者と対等の公器としての言論・表現機関なのであり、組織・運営面におけるその「公共性」は、NHKの放送番組の内容にいささかの関連性もなく、また、あってはならない。言い換えれば、NHKにおける番組制作労働は、他のマスコミュニケーション機関における制作労働と全く同質なのであり、NHKの「公共性」は、NHKの労働者の就業規則上の諸権利を制約する基準たりえない。したがって、第四点も不許可の理由となりえない。

(ⅴ) 不許可理由第五点(抗弁2の(一)の(4)の(ホ))について

ATGは、たしかに株式会社である。しかし、ATGは、コマーシャルベースにのらない芸術映画を制作、上映するための団体であって、単なる営利を目的とする団体ではない。

ATGの映画は、たしかに劇場で上映される。しかし、その映画は、採算を度外視して自主製作される芸術的・実験的映画であり、その料金も最低のものである。「商業」上映されるとはいえない。

以上のようなATGの目的及び性格、映画製作の方法、上映の態様などからすれば、NHKが、原告らの映画「キャロル」の制作に、特に積極的に反対すべき理由は見いだし難く、第五点も不許可の理由となりえない。

(ⅵ) 以上のとおり、NHKの主張する五つの理由は、いずれも原告らの映画「キャロル」の制作をNHKが不許可にする理由たりえず、右制作は許可されるべきであった。

(3) 右(1)、(2)で述べたところから明らかなように、原告らは、規則一〇条一号に違反していない。

(二) 規則八条八号、三条について

休暇規程一一条は、「第二条の勤労休暇ならびに第三条の慰労休暇は、職員の申し出により連続または分割して付与する。ただし、業務の運営に支障があると認められるときは、他の時期に付与することがある。」と定めており、慰労休暇は、勤労休暇と同位に取り扱うこととされている。したがって、慰労休暇の基本的性格は勤労休暇と同様であって、労働基準法三九条所定の年次有給休暇の最低基準を向上・拡充させたものである。

たしかに、慰労休暇と勤労休暇とでは付与の資格、日数、方法が違っているが、この違いは休暇の基本的性格の差異に起因するものではなく、長期の勤続職員に対してまとまった自分の時間をどのように確保せしめるかという政策的な判断に基づくものである。

したがって、慰労休暇は、勤労休暇と同様、承認の観念を入れる余地がなく、事業の正常な運営を妨げる場合に時季変更権を行使しうるのみである。

本件において、原告らは、能力の啓発・修養を目指すATGの自主映画の制作という慰労休暇本来の目的への利用のために、慰労休暇票により、慰労休暇付与の申出をし、それに対して、NHKは時季変更権を行使しなかったのであるから、当然休暇付与の効力が生じている。したがって、原告らは、休暇の付与を受けて欠務したのであり、規則八条八号、三条に違反していない。なお、規則三条は、抽象的に一般的な指針をかかげた精神条項であるからそもそも懲戒解雇の直接的な効果を生み出すものではない。

(三) 規則八条七号、三条及び規程一七条二号について

(1) 龍村は昭和四九年四月一五日に二か月間の、小野は同年五月九日に三〇日間の、私事欠勤をあらかじめ願い出ている。原告らは規則八条七号の手続を履践しているのであって、「無断」欠勤ではない。

本件の私事欠勤が規程一七条二号所定の「無断欠勤が引き続き一四日以上に及んだ場合」に該当するとの解釈・適用は、明らかに誤りである。けだし、近代的労働関係においては、許可されたか否かにかかわらず、欠勤は労務の不提供を意味し、不許可の欠勤に対する直接の効果は賃金の不支給等債務不履行上の効果であってこれが直ちに懲戒の対象となることはない。ただ、使用者は、労働者を有効適切に職場に配置して生産活動の維持向上をはかり、労働者の安全円滑な就業を確保する観点から、本来は債務不履行の効果しかともなわない欠勤を制裁の対象としている場合が多い。この典型的な例が無断(無届)欠勤である。ところが、不許可欠勤は、一応届出がされており、その期間も明示され、労働意欲や労働意思を確認しうるのであるから、かかる届出をしない無断欠勤と同視することはできない。

(2) また、本件懲戒解雇は、原告らの私事欠勤を理由とする。しかし、私事欠勤を理由とすることは、以下に述べるNHKの定めた休職制度の趣旨及び私事休職制度における休職許容限度に照して著しく均衡を失する。

すなわち、NHKは、規則三九条をもって休職制度を定めている。そのうち私事休職は、傷病以外の事由による欠勤(私事欠勤)が引き続き一か月を超えたとき、六か月以内の休職を命ずることがあり(規則三九条四号、四〇条四号)、その期間が満了したとき解職することがある(規則四五条六号)、とされている。右私事休職は、終身雇用制度を背景として職員の都合により契約の現実の履行が不可能となった場合に、そのことを理由に直ちに労働契約を消滅させることなく、一定の猶予期間をおいて契約履行の障害事由の消滅をまち、猶予期間の経過後に最終的な措置(解職)をとるものであって、いわば解雇猶予制度としての機能をもつ休職と解せられる。

このような休職制度は、職員にとって、就業規則上の権利として予定されているものである。例えば、本件のようにディレクターが生涯再び巡り合えるかどうかわからないATGを場とする自主映画を制作するため、私事休職制度(職員が有給である私事欠勤を一か月間申し出ることを潔しとしない場合、直ちに私事休職を命ずることは、規則三九条四号の趣旨に違背しないと解すべきである。)を利用することは、六か月以内であるかぎり解職(解雇)を猶予されることになる。すでに、一〇年以上の勤務者であり、職能区分B級のディレクターである原告らが、ATG映画「キャロル」制作のため、この私事休職を利用したいと申し出たのであるから、NHKは、原告らの能力の啓発などを考慮して、これを容認すべきであった。

右に述べた休職制度の趣旨及び私事休職制度における解職許容限度に照らして、龍村について四五日間、小野について二七日間の私事欠勤を懲戒解雇の理由とすることは、著しく均衡を失する。

(3) NHKは、私事欠勤の許可基準として、①その事由が真にやむを得ないものか否か、②業務上支障があるか否か、の二点を挙げている。しかし、右基準に従っても、すでに詳しく述べたとおり、規程一七条二号所定の「正当な理由」のある私事欠勤であったことは明らかである。また、業務上の支障についても、具体的な現実の支障はなく、いわんや正常な労働関係を継続し難い程度の業務上の支障はなかった。

(4) 以上のとおり、原告らの私事欠勤は、「無断」欠勤に該当せず、私事休職制度の趣旨に照してもNHKの取扱いは失当であり、NHK主張の許可基準にも合致するものである。したがって、原告らの欠勤を無断欠勤扱いしたことは、就業規則の関係条項の解釈・適用を誤ったものである。

(四) 規則四条、規程一七条一〇号について

映画「キャロル」の制作の中止命令は、この映画制作が規則違反であることを前提としているが、右(一)で述べたとおり、右映画制作は規則一〇条一号にいう「他の業務に携わる」ことにあたらず、仮にあたるとしても許可すべきであったのであるから、右映画制作は規則違反ではなく、右映画制作の中止命令はその前提を欠くものであって、中止命令に従わなかったからといって規則四条に違反するとはいえない。

出局命令は、原告らの欠務が規則違反であることを前提としているが、右(二)、(三)で述べたとおり、慰労休暇付与の効力は当然に生じており、また欠勤の願い出は許可されるべきであったのであるから、原告らの欠務は規則違反ではなく、出局命令はその前提を欠くものであって、これに従わなかったからといって規則四条に違反するとはいえない。

以上のとおり、NHKの原告らに対する中止・出局命令は、いずれもその前提を欠くから、原告らの行為は、規程一七条一〇号にいう正当な理由なしに職務上の指示命令に従わなかったものに該当しない。

(五) 規程一七条一四号、四号について

規程一七条四号は、規則一〇条一号の上司の許可なく「事業を営みまたは他の業務に携わる」行為のうち、無許可の「二重就職行為」のみを限定的に取り上げて免職又は停職の事由とする。故に、他業務従事行為が規程一七条四号の類型に匹敵するほどの重大性をもつ場合であるためには、少なくとも、右「他業務」は、第三者の業務に限定されなければならない。原告らのATG映画自主制作が規則一〇条一号に該当すると仮定しても、原告らの右行為は、規程一七条四号の予定する行為類型の範囲外にあり、同条一四号を適用する余地はない。

したがって、原告らに対し、同号に該当することを理由として懲戒処分をなし得ない。

3  解雇権の濫用

これまでに詳しく述べたとおり、NHKの前記各不許可処分には何らの合理性も必要性もないのにかかわらず、NHKは、原告らが右各不許可処分に従わなかったことを理由として原告らを解雇したのであるから、本件の解雇は、解雇権を濫用するものであって、無効である。

六  原告らの主張及び再抗弁に対する答弁

1  憲法二一条、民法九〇条違反の主張については、争う。

(一) 放送法及び電波法上、放送番組の編集及び放送に関する権限と責任の主体は、電波法により放送局の免許を受けた放送事業者たるNHKである。放送番組の企画・制作には、創造・伝達・批評等の要素が含まれる。しかし、それを行う主体は、NHKであって、制作担当者個人ではない。

番組の提案や制作の作業には、豊かな発想、構想力、創造性など高度の創意工夫が要求される。その創意工夫は、あくまでもNHKの番組制作意図に基づいた範囲内のものであり、他人に拘束されることのない芸術家などの創作活動とは基本的にその性格を異にする。

NHKは、番組制作者に対し、常に豊かで良い番組の提案と制作を求めている。しかし、提案は、必ずしもそのまま採用されるとは限らず、同僚との討議、上司の指導のもと何度も検討され、あるものはそのまま採用され、あるものは修正され、またあるものは場合によっては採用されないこともある。仮に、その提案が修正され、あるいは不採用になったからといって、それは、NHKの一職員の職務行為の一環として、更に基本的にはNHKとの労働契約による当然の結果として生ずることである。憲法上の「表現の自由」とはおよそ次元を異にする問題である。

番組制作にあたって担当者の積極的な提案や創意が望ましいからといって、NHKの制作方針を無視してまで制作担当者に無制約な恣意が許されるものではなく、担当者はNHK職員として与えられた業務を誠実に遂行する義務を負っている。したがって、その限りにおいて制作担当者の行為に必要な制約が課されるのは、当然すぎるほど当然のことである。このような点までとらえて、表現の自由を侵すというのは誤りというほかない。

まして、使用者は業務上の必要を無視してまで、「労働者の表現の自由を職場の内外を問わず保障しなければならない」とか、表現の自由に関する限り「労働者の休職、休暇、欠勤などの要求を制約してはならない」とかいう原告らの主張は、何らの論理的必然性がないばかりか、雇用契約の本旨に照しても到底認め得ない。

(二) NHKの職員の表現が、NHKの業務と関係なく、かつNHKの業務に何らの影響も及ぼさないとき、NHK自身が右表現行為に干渉することは、みだりに一市民の自由に介入するものとして許されない。しかし、そうでない場合に、NHKが自己の業務上の悪影響まであえて受忍し、右行為を「保障」の名の下に許容しなければならないことは、あり得ない。

そもそも、表現の自由を保障する憲法二一条の規定は、国又は地方公共団体の統治行動に対して個人の表現の自由を保障する目的に出たもので、私人相互の関係まで直接規律することを予定するものではない。NHKは、職場の内外を問わず職員に対し常に表現の自由を十分に保障しなければならない法律上の義務を負うものでない。NHKは、使用者として、労働契約、就業規則に基づき、職員に対し誠実な労働の提供を求めることができ、右労働の提供に支障を生じ、又は生ずるおそれのある行為については、職場の内外を問わずこれを禁止しあるいは制限することができる。その結果、職員の表現の自由に支障を生ずることがあったとしても、既に職員が自らの自由によりNHKと雇用関係に入った以上、そのような制限を受けることもやむを得ないところと言わなければならない。

2  就業規則の解釈・適用の誤りに関する主張は、争う。

3  解雇権濫用の再抗弁は、争う。

第三証拠《省略》

理由

第一  請求原因一ないし四の事実は、当事者間に争いがない。

第二  原告らを懲戒解雇した旨の被告の抗弁について判断する。

一  (事実関係)

1  龍村に対する懲戒解雇に至る経緯について

抗弁1の(一)及び(三)の事実、並びに、抗弁4の事実のうち、NHKが昭和四九年九月九日龍村を同日付で懲戒解雇する旨龍村に意思表示したことは、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 龍村は、昭和三八年四月、NHKに入社した。昭和四八年二月当時、「ドキュメンタリー」等の番組を制作する、教育局教養番組班(同年五月に放送総局教養番組班に組織変更された。)の宮原敏光チーフプロデューサー(以下「CP」という。)のグループ(「宮原班」と呼ばれることもあった。)に属していた。

龍村は、昭和四四年から、右フィルム・ドキュメンタリー番組を制作する班に所属した。龍村は、ドキュメンタリー番組の提案を行ったが、採用されることは少なかった。昭和四八年二月までにドキュメンタリー番組としては、三本の作品を制作しただけであった(そのほか子供の日の特集番組を制作している。)。龍村は、宮原班では主に「老後を楽しく」というラジオ番組の制作を担当していた。

(二) 龍村は、昭和四八年二月二八日、渋谷公会堂で開かれた第一回ロックンロール・カーニバルに出演した、無名のロックンロールグループ「キャロル」の演奏を聞いた。キャロルの演奏に感銘を受けた龍村は、キャロルをテーマとしたドキュメンタリー番組を作りたいと考えた。龍村は、同年三月初めころ、宮原班の班会に右企画を提案した。右提案は、班会において、特に反対されることがなかった。しかし、右提案は、教養番組班の提案会議での承認を得ていなかった。

ところが、キャロルは、同年四月一日、日比谷野外音楽堂で開かれる第二回ロックンロール・カーニバルに出演する予定であった。龍村は、右カーニバルに出演するキャロルを是非取材し撮影したいと考え、宮原CPの許可を得て、キャロルの取材・撮影を始め、ドキュメンタリー番組「キャロル」の制作に取り掛かった。

ドキュメンタリー番組「キャロル」は、同年七月初旬一応完成した。

(三) 昭和四八年七月一〇日、番組「キャロル」の試写を見た宮原CPは、ナレーションを入れるよう助言した。龍村は、助言に従って番組を手直しし、ドキュメンタリー番組「キャロル」を完成させた。しかし、番組「キャロル」の放送日(ドキュメンタリー番組は、毎週金曜日午後七時三〇分から放映されていた。)は、決定されなかった。

同年八月一〇日、番組「キャロル」を見た渡辺教養番組班庶務担当部長は、右作品をドキュメンタリー番組として放送することは不適当であり、特集番組として放送するにふさわしい旨述べた。

同年九月四日、番組「キャロル」を見た清洲耕三教養番組班部長は、キャロルというロックグループをドキュメンタリーの対象として取り上げるのはドキュメンタリー番組になじまない。また、その制作方法もNHKのドキュメンタリーの制作方法に従っていない旨述べた。

(四) 龍村は、番組「キャロル」がドキュメンタリー番組として放映されないことに不満を抱き、昭和四八年八月初旬ころから、番組「キャロル」の試写運動を始めた。マスコミも、この問題を取り上げた。

(五) 他方、龍村は、昭和四八年八月中ごろ、渡辺部長に対し、番組「キャロル」の取扱いに職をかける旨表明して、辞意を有するととられる発言をし、休暇をとった。しかし、休暇後出局した龍村は、退職を申し出ることはなかった。出局後の龍村は、積極的に番組提案を行うこともなく、他のプロデューサーの作成する番組のスタジオディレクター等の仕事を担当した(なお、昭和四八年六月ごろ、工藤敏樹CPが宮原CPと交替し、龍村の所属する班は工藤班と呼ばれるようになった。また、「老後を楽しく」との番組は他の班が制作することになり、代って工藤班は「ここに生きる」というラジオ番組を担当することになった。)。

(六) NHKは、番組「キャロル」を、昭和四八年一〇月二〇日のプロ野球番組のスタンバイ番組として放映を予定した。しかし、プロ野球が行われたので、番組「キャロル」は放送されず、あらためて同月二八日午後四時から音楽特集番組として放映された。

(七) 昭和四八年一二月二五日ごろ、龍村は、キャロルのメンバーの一人ジョニー大倉が失そうしたことを知らされた。ついで同月二五日、ジョニー大倉から手紙を受け取った。手紙には、在日朝鮮人としての自分と著名なスターとしての自分の生き方に矛盾を感じ、キャロルをやめて別の生活を送る旨書かれていた。

龍村は、キャロルの持つエネルギー、迫力の源となっているかもしれない生い立ちを追求するドキュメンタリーを作りたいと思った。しかし、NHKで右企画を提案しても、承認されないことは明らかであった。

そこで、龍村は、ドキュメンタリー「キャロル」の試写を見て龍村の才能を評価していたATGプロデューサー葛井欣士郎に対し、キャロルを素材とした映画が制作できないかと尋ねた。葛井は、ATGへ企画を提案するよう勧めた。

(八) 龍村は、前記試写運動を通して互いに共鳴するものを見いだしていた友人小野に対し、映画「キャロル」の制作を相談した。小野もこれに賛同した。両名は、昭和四九年二月二日、ATGに対し、小野の作成した企画書(ポップアート調のざん新なものであった。)を提出した。

ATGは、同月八日、企画選定委員会を開き、龍村及び小野から提出されたキャロルを主題とする映画の企画を承認した。

(九) 映画「キャロル」の制作には、二か月程度これに専従することが必要と考えられた。

そこで、龍村は、昭和四九年二月一四日、清洲部長に対し、ATG映画「キャロル」の制作にあたるため、三月上旬から四月末までの期間休暇をとりたく、休暇で処理し得ない期間は休職の取扱いをして欲しい旨申し出た。清洲部長は、「申出を認めることは困難であろう。みんなと相談して正式に回答しよう。」と答えた。

清洲部長は、庶務班の担当者等と相談のうえ、同年二月二一日、龍村に対し、ATGの映画制作に従事することは許可しない旨及び休職の取扱いはできない旨申し渡した。その理由として、他企業の映画制作等のため、NHK職員が長期間本来の業務を離れることは好ましくない、職場秩序の維持のうえにも大きな問題があり、かつ現在のNHKの業務の実態からも困難である旨述べた。

清洲部長は、同月二七日、龍村に対して、同年三月七日、一四日、二一日及び二八日に収録が予定されている番組「福祉の時代」のスタジオディレクター業務につくよう指示した。

(一〇) 龍村は、昭和四九年三月一日、一身上の都合により、同月四日から同月一六日までの一一日間勤労休暇を取得したい旨申し出た。その際、渡辺部長は、ATG映画に参加することは認めていないと申し渡した。

また、同月一日には、清洲部長が、ATG取締役事務局長北村芳気に対し、龍村のATG映画制作に対する協力参加申出をNHKは許可しない旨の文書を発送した。

ところが、同月二日の東京中日スポーツ新聞に、龍村が映画「キャロル」の制作に参加している旨の記事が掲載された。工藤CPは、龍村に対し、事実の真否をただし、ATG映画制作への参加を許可していないと伝えた。

(一一) 昭和四九年三月五日、龍村と小野は、怪人二十面相プロダクション名義をもって、ATGとの間に、映画の制作及び配給上映に関する契約書を作成した。

右契約の概要は、次のとおりである。

(1) 龍村と小野は、自己の責任において、日本映画「キャロル」を制作完成し、映倫審査及び諸手続を完了したる後、原版並びに初号プリントを昭和四九年五月一八日までにATGに引き渡す。

(2) 龍村と小野は、本映画を一二〇〇万円で制作する。ATGは、うち六〇〇万円を負担し、龍村と小野も六〇〇万円を負担する。

(3) 本映画の著作権並びに所有権は、ATG及び龍村と小野が各五〇パーセントの割合で共有する。

(4) ATGは、本映画の複製及び日本国内の配給興行について一切の権利義務を持つ。

(5) ATGは、本映画の制作宣伝費、予告篇制作費、二号プリント以下のプリント制作費、配給宣伝費等を支払う。

(6) ATGは、本映画の配給収入等より前記宣伝費等を天引きした残額を、前記共有割合に応じて配分する。

(一二) 昭和四九年三月六日、龍村は、記者会見を行い、ATG映画「キャロル」を制作する旨表明し、撮影を開始した。

一方、NHKは、同月一三日、清洲部長名をもって、龍村に対し、ATG映画の制作業務に携わることを中止する旨命ずる文書を発送した。

同月一八日、龍村は、工藤CPに対し、電話で、同日から同年四月三日まで更に勤労休暇を取得したい旨申し出た。工藤CPは、前記文書を見たことを龍村に確認したうえ、ATG映画制作への参加をやめ、即刻出勤するよう申し渡した。

しかし、龍村は、出局せず、同月二一日からヨーロッパにおいて撮影を行い、同年四月三日帰国した(同年三月三〇日の経過により、龍村の勤労休暇日数はすべて消化された。)。

(一三) なお、昭和四八年三月二〇日、日本放送労働組合(以下「日放労」という。)放送系列家庭教養分会の細谷執行委員長ら分会三役と教養番組班及び家庭番組班の管理職との間で、新年度の番組編成に関する要員問題について折衝が行われた。折衝終了後、組合側は、龍村の休暇の許可・不許可問題について説明を求めた。管理職は、龍村の休暇申請をめぐる経緯を説明した。しかし、龍村の欠務による業務上の支障については、組合側から特に説明を求めず、管理職も説明しなかった。

(一四) 昭和四九年四月四日、龍村は、NHKに出局した。

工藤CPは、龍村から事情聴取を行い、同時に同月五日及び同月一一日に収録が予定されている番組「福祉の時代」のスタジオディレクター業務につくよう指示した。

龍村は、ATG映画の制作を続ける旨述べ、同月五日から同月一三日までの七日間の慰労休暇の付与を求めた。工藤CPは、ATG映画制作への参加を中止するようかさねて強く指示し、右休暇の付与は承認しない旨申し渡した。

龍村は、庶務班に行き、係員の説明に従って、慰労休暇票に同月一日から同月三日まで及び同月五日から同月一三日までの合計一〇日間の慰労休暇の付与を受けたい旨記載し、右慰労休暇票を工藤CPの机の上に提出した。工藤CPは、龍村の慰労休暇を承認しなかった。しかし、龍村は、同月四日から出局せず、映画「キャロル」の制作を続けた。

(一五) 龍村は、清洲部長にあてた配達証明付速達をもって、「私は、本年三月六日から、協会の有給休暇および慰労休暇を利用して、日本アートシアターギルド株式会社との共同制作映画「CAROL」を製作してきましたが、同映画を完成させるためには、さらにおよそ二ヶ月間が必要ですので、上記の通り欠勤いたしたく、届け出ます。」と記載した、昭和四九年四月一五日から同年六月一四日までの二か月間欠勤する旨の「欠勤願」を郵送した。右欠勤願は、同年四月一五日、NHKに到達した。

これに対し、工藤CPは、同日、龍村に対し、電話で、右欠勤願いを許可しない旨及び直ちに出勤を命ずる旨伝えた。

更に、NHKは、同月一六日及び同月二三日、龍村に対し、文書で、欠勤は許可しないので、直ちに出勤を命ずる旨伝達した。

工藤CPは、同年五月七日及び同月八日、龍村に対し、電話で、出勤を促すとともに、ATG映画制作に関する始末書を提出するよう求めた。

龍村は、同月一八日、「映画『キャロル』制作に関する私の立場と考え」と題する文書を清洲部長にあてて提出した。この中で、龍村は、現実に行われている各種の外部業務の実態、休暇・欠勤申請の実態を勘案する時、現在龍村に対してなされている判断はきわめて恣意的な性格が強く、むしろ、NHKの社会的使命、存立の意義に照らして誤ったものであると弁明し、映画「キャロル」の制作はNHKの職員としての基本的立場に何らもとるものではないと主張した。

龍村は、同年六月一三日まで欠勤を続けた。

(一六) 龍村は、ヨーロッパから帰国後、国内での撮影を続けるとともに、撮影したフィルムの編集に没頭し、ほとんど自宅に帰らない状況が続いた。

昭和四九年六月に入って、映画「キャロル」が完成した。

同月二一日、西武劇場において、映画「キャロル」の特別有料試写会が入場料九〇〇円で開かれた。同月二三日から、日劇文化、新宿文化、川崎日劇の各劇場で、映画「キャロル」のロードショウ上映が行われた。

(一七) 一方、NHKは、昭和四九年六月一三日、龍村に対し、同人に休職を命ずる旨内示した。日放労家庭教養分会は、右休職に異議を申し立てた。そこで、同月二七日、同月二八日及び同年七月一日の三日間にわたり、家庭教養分会との人事委員会が開かれた。右委員会において、組合側は、業務支障を立証するよう求めた。NHK側は、同年二月一四日以降フロアーディレクター業務を変更せざるを得なかった、更に、本来なら受け持ってもらうべき番組を受けもたせられなかった、ドキュメンタリー班から一人出て「この人と語ろう」「特集番組」をやってもらう考えであったが、それもできなくなった、教養番組班の現員が一人いなくなることで、番組切り替えの繁忙期にその支障は大きい、混乱を生じないよう努力した、形の上には現われないが、計画にそごをきたした、量的な問題だけでなく、質的問題も含めている、また職場の秩序も考えている、などの説明を行った。

家庭教養分会人事委員会での協議は調わなかった。しかし、上級の放送系列での人事委員会を求める異議の申立てはなかった。かわりに、日放送の放送系列段階で、同年七月一三日及び同月一六日の二回、団体交渉が行われた。

NHKは、同年七月七日、龍村に対し、休職を命じた。

更に、NHKは、同月一〇日及び同月一九日の責任審査会を経て、同月二三日、龍村を免職する旨決定した。日放送は、異議を申し立てた。同年八月六日、同月七日及び同月九日、家庭教養分会との人事委員会が開かれた。しかし、協議は調わなかった。次いで、同月二一日、同月二二日及び同月二三日の三日間にわたり、放送系列との人事委員会が開かれたが、協議は不調に終わった。同年九月七日及び同月八日、中央団体交渉が行われた。最高人事委員会開催の申出はなかった。

NHKは、同月九日、龍村に対し、同人を懲戒解雇する旨意思表示した。

証人細谷は、人事委員会において龍村の欠務により具体的な業務変更、業務上の混乱等の指摘はなかった旨証言する。原告龍村も、人事委員会において龍村の欠務期間中に重大な支障はなかったと確認した旨供述する。しかし、《証拠省略》に照らし、右証言部分及び供述部分をもって、前記(一七)の認定を覆すことはできない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  龍村の欠務による業務上の支障等について

抗弁1の(一)の(1)の事実は、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 昭和四九年三月当時、工藤班は、「ドキュメンタリー」(総合テレビ)、「福祉の時代」(教育テレビ)、「ここに生きる」(ラジオ第一放送)及び「盲人の時間」(ラジオ第二放送)の各定時番組制作業務並びに特集番組、海外取材番組などの特別番組制作業務を担当していた。

工藤班は、管理職二名、一般職一二名の一四名で構成されていたが、うち二名は、工藤班の担当番組以外の番組制作業務に携わっていた。

工藤班は、ドキュメンタリーを制作する必要上、他の班に比べて人員に多少の余裕があった。しかし、教養番組班全体としては、時間外勤務も多く、組合から増員要求のでる状況であった。

(二) 例年三月、四月は、番組改訂等のため、繁忙な時期である。教養番組班では、昭和四九年四月から、新番組「この人と語ろう」(総合テレビ)を制作することになり、工藤班が五月分の制作を担当する予定であった。また、教養特集「生活保護」(教育テレビ)の制作も、工藤班が担当することになった。

ところが、龍村の欠務のため教養番組班全体の運営計画に影響がでた。すなわち、工藤班で「この人と語ろう」五月分を制作することができず、他の班が代わってこれを制作した。また、工藤班では、教養特集「生活保護」を制作するため、他の班から応援を得なければならなかった。

(三) 龍村は、昭和四九年三月七日、同月一四日、同月二一日及び同月二六日に収録が予定されていた「福祉の時代」のスタジオディレクター業務を命じられた。しかし、龍村が欠務したため、他の者が代わってスタジオディレクター業務を担当した。ところが、同月二一日と同月二八日は、代わりの者のやりくりがつかず、収録日を変更した。また、龍村は、同年四月五日及び同一一日のスタジオディレクター業務を命じられたが、龍村が欠務したため、他の者がこれを代わった。

(四) 教養番組班の班員の中(特に、工藤班において)には、龍村の行動を身勝手である等不満を述べたり、自己中心的であると批判する者もあった。

3  小野に対する懲戒解雇に至る経緯について

抗弁1の(二)及び(三)の事実、並びに、抗弁4の事実のうち、NHKが昭和四九年九月九日小野を同日付で懲戒解雇する旨小野に意思表示したことは、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 小野は、昭和三八年四月、NHKに入社し、昭和四六年八月から、NHK放送総局国際局渉外部番組交換ラジオ班に属していた。

(二) 小野は、番組「キャロル」の試写を見て、キャロルというグループの存在が非常に生々しく迫ってくるドキュメンタリーであると感心した。小野は、龍村の試写運動に協力した。

(三) 小野は、昭和四八年一二月、龍村から、キャロルを素材とするATG映画を制作しようと相談された。小野は、これに賛同して、企画・脚本を担当することにし、ATGに提出する企画書を作成した。小野と龍村の企画は、ATGの企画選定委員会で承認された。

(四) 右映画の制作には、二か月間ほど専従することが必要と考えられた。

そこで、小野は、昭和四九年二月八日、塩野崎宏渉外部長に対し、ATGと提携してキャロルを素材とする映画を作りたいので、二か月間の私事休職の取扱いをして欲しい旨申し出た。その際、小野は、ディレクターがその感覚と手法で映画を制作してその経験を持ち帰ることに非常に意味があると力説した。塩野崎部長は、申出を認めることは難しい旨答えた。

翌九日、塩野崎部長は、国際局の庶務担当部長と相談のうえ、小野に対し、ATGの映画制作業務に従事することは渉外部の業務に差し支えるので許可しない旨及び休職の取扱いはできない旨申し渡した。

(五) 小野は、NHKとの関係を円滑に処理しようとして、昭和四九年二月二〇日、塩野崎部長に対し、ATG取締役事務局長北村芳気名でNHKにあてた、ATGの映画制作についてNHK職員である小野の協力が得られるよう配慮して欲しい旨の文書を提出した。

塩野崎部長は、同月二六日、北村ATG事務局長にあて、同事務局長の文書による申出については貴意にそいかねる旨の回答文書を発送するとともに、小野に対し、右回答文書の写しを手渡し、ATGの映画制作に従事することは認めない旨伝えた。

(六) 昭和四九年二月二三日、小野は、塩野崎部長に対し、口頭で、観光を目的とする海外旅行のため同年三月一八日から同年四月六日まで勤労休暇を取得したい旨申し出た。同年二月二六日、観光目的の海外旅行のため同年三月一八日から同年四月六日までの二〇日間に勤労休暇一六日の付与を受けたい旨の海外渡航休暇申請書を提出した。塩野崎部長は、勤労休暇中に映画制作に従事することはないだろう旨確認した(ただし、小野は、同年二月一八日、塩野崎部長に対し、同年三月四日から休暇をとりたい、ATGの映画制作の企画の中で、同月二八日にはフランス国営放送のスタジオで撮影もする予定がある旨申し入れている。)。

(七) 昭和四九年三月五日、小野は、塩野崎部長に対し、一身上の理由で同月一一日から同月一五日までの五日間勤労休暇を取得したい旨申し出た。塩野崎部長は、「勤労休暇の間に映画制作に従事することはないな。」と念を押した。

(八) 小野は、昭和四九年三月一一日から同年四月六日までの間に二一日間の勤労休暇を取得した。

小野は、右期間中、映画「キャロル」の制作に携った。うち同年三月二一日から同年四月三日までの間は、フランス、イギリス等で映画の制作に携わった。

(九) 昭和四九年四月八日、小野は、電話で、「体調が悪く旅行の後始末もあるので一日勤労休暇をとりたい。」と申し出た。

翌九日、出局した小野は、塩野崎部長に対し、一身上の都合により同月一一日から同月一八日までの間に残り六日間の勤労休暇を取得したい旨申し入れた。塩野崎部長は、ATG映画制作に携わることは認めていない旨重ねて申し渡した。

同月一八日までで小野の有する勤労休暇日数二八日は、すべて取得し尽くされた。

(一〇) 昭和四九年四月一九日、小野は、塩野崎部長に対し、電話で、頭痛と腹痛を理由に欠勤を願い出た。塩野崎部長は、これを許可した。同日の午後、塩野崎部長が渋谷区役所横を歩いていると、小野と出会った。同部長が病気で休んでいるのではなかったかと尋ねたところ、小野は、今病院から帰るところである旨答えたが、病院名については言葉をにごした。

(一一) 昭和四九年四月二〇日、出局した小野は、塩野崎部長に対し、ATG映画「キャロル」の制作に脚本担当者として参加しており、同映画は目下制作の最終段階に入っている旨明らかにし、一身上の都合を理由に同月二二日から一〇日間慰労休暇の付与を受けたい旨口頭で申し入れた。塩野崎部長は、承認できない旨回答した。

同月二二日、小野は、塩野崎部長に対し、慰労休暇票を提出し、同月二三日から同月三〇日までに五日間及び同年五月二日から同月九日までに五日間の合計一〇日間の慰労休暇付与を申し出た。塩野崎部長は、「NHKが許可していない業務に従事する疑いが濃厚であると判断するので、慰労休暇の申出は認めない。」旨申し渡した。

同月二三日以降、小野は、出局しなかった。塩野崎部長は、同日、小野に対し、慰労休暇付与の申出は承認していない、映画「キャロル」の制作に携わることを中止し、出局するよう命ずる旨の内容証明郵便を発送した。

(一二) 小野は、塩野崎部長にあてた配達証明付速達をもって、「一身上の都合により、私事欠勤を願い出ます。」との理由で、昭和四九年五月一〇日から同年六月一五日までの三〇日間欠勤する旨記載した「欠勤願」を郵送した。右欠勤願は、同年五月一〇日、NHKに到達した。

これに対し、塩野崎部長は、同日、欠勤願は許可できない、直ちに出局して業務に従事するよう命じる旨の文書を発送した。

更に、塩野崎部長は、同年五月一八日、小野に対し、欠勤の願い出を許可していない、直ちに出局するよう重ねて命じる旨の文書を発送した。

同月二九日、国際局渉外部主査佐藤章が、小野に対し、前記文書を受領したことを確認のうえ、始末書を提出するよう指示した。

小野は、同年六月一日、出局し、塩野崎部長に対し、龍村と同趣旨の「映画『キャロル』の製作に関しての私の立場と考え」と題する書面を提出した。塩野崎部長は、直ちに外部の業務を中止して出勤せよと命じた。

小野は、同月一三日まで欠勤を続けた。

(一三) 小野は、右欠務期間中、撮影したフィルムと録音テープの編集に付随する雑多な仕事を一手に引き受け、映画の完成に向けてきわめて多忙な毎日を送った。

映画「キャロル」は、昭和四九年六月に入って完成し、前記のとおり上映された。

(一四) 一方、NHKは、昭和四九年六月一三日、小野に対し、休職を命ずる旨内示した。日放労は、異議を申し立てた。同月二七日、同年七月一日及び同月二日の三日間にわたり、日放労国際第一分会との人事委員会が開かれた。右人事委員会の協議は調わなかった。その後、日放労放送系列との団体交渉が行われたが、放送系列人事委員会開催の提案はなかった。

NHKは、同年七月七日、小野に対し、休職を命じた。

更に、NHKは、責任審査会の審査を経て、小野を免職する旨決定した。日放労は、異議を申し立てた。同年八月六日、同月七日及び同月九日の三日間にわたり、日放労国際第一分会との人事委員会が開かれた。右協議は調わなかった。日放労放送系列との人事委員会が開かれた。しかし、協議は不調に終わった。その後、中央団体交渉が行われた。最高人事委員会開催の提案はなかった。

NHKは、同年九月九日、小野に対し、同人を懲戒解雇する旨意思表示した。

4  小野の欠務による業務上の支障について

抗弁1の(二)の(1)の事実は、当事者間に争いがない。右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 昭和四九年三月当時、国際局渉外部番組交換ラジオ班は、世界の放送機関からの要望依頼により制作したラジオ番組の録音テープ、円盤、放送台本等の定期及び随時送付業務、並びに、世界の放送機関から送られる交換番組の受け入れ業務を担当していた。右交換番組の中では、英語番組の占める割合が大きかった。番組交換ラジオ班は、管理職一名、一般職四名で構成されていたが、英語番組の担当者は小野一人であった。

(二) 小野が当時担当していた主な業務は、次のとおりである。

(1) 英語番組の定期送付業務

国際放送英語番組の録音テープから、適当なテープを選び、不必要なアナウンスを削ったり、必要なアナウンスを付けて交換番組用のテープを完成させる。右テープを業者に注文して複製させ、複製されたテープを、外国の放送局に発送する。番組によっては、発送を急ぐため、番組放送と同時に交換ラジオ班で録音テープを用意して交換番組用テープを作成する。

これら定期的に送付される録音テープは、月一〇〇本程度になる。

(2) 「世界の暦」の制作業務

日本の季節、季節に合わせたテーマを選び、ラジオ英語番組を制作する。一年間に、春、夏、秋、冬の四本を制作する。

小野は、夏と冬の番組制作を担当していた。

(3) 「アジアのメロディ」のトランスクリプション作成業務

国際放送番組からアジアのメロディとして適当なものを選んで再編集して一つのレコードを作り、英語の解説を付する。

(三) 例年二月から四月にかけては、番組交換ラジオ班の繁忙期にあたる。

すなわち、一、二月ころから、四月の編成替えにともなう新番組が決まってくる。番組交換ラジオ班では、どういう新番組を外国の放送機関に提供するかを決め、英語の説明を付けて外国の放送機関に紹介する。外国放送機関から送付依頼の回答がくると、これを整理し、どの放送局へどの番組を送るかの一覧表を作ったり、番組の解説等を用意する。例年二月から四月にかけては、通常の業務以外に右のような業務が加わるため、他の時期に比べ忙しい。

(四) 昭和四九年三月六日、番組交換ラジオ班の班会が開かれて、小野の勤労休暇中の業務代替について話し合われている(小野の欠務が続いたため、同年四月一〇日及び同月二三日にも同趣旨の班会が開かれている。同月二三日の班会では、いつまで休みが続くか心配であるといった発言もあった。)。

小野の担当していた英語番組の定期送付業務は遅滞が許されないので、小野の欠務期間中、他の班員が小野に代わって定期送付業務を担当することになり、遅れを生じさせないように努めた。その結果、英語番組の定期送付業務に支障は生じなかったが、反面、他の業務に、以下のような支障を生じ、同年五月二八日からアルバイトを雇い入れた。

(1) トランスクリプション送付業務(NHKが国内・国際放送用に作成、放送した番組のうち、海外提供に適したものを選び、再編成し英語の解説パンフレットを付してテープ又はディスクの形で海外放送機関に提供する業務)に、遅れを生じた。

すなわち、通常、トランスクリップションの申込みを受ければ、一、二日のうちに発送していた。ところが、小野の欠務期間中には、トランスクリップションの発送のうち約半数に遅れを生じ、一か月以上遅れるものもあらわれた。

(2) 小野が担当していた「アジアのメロディ」のトランスクリップションは、昭和四九年六月に完成を予定していた。ところが、小野の欠務のため、外部の解説執筆者の原稿点検、翻訳依頼、印刷等が遅れ、トランスクリップションの完成が同年一〇月ごろになった。

(3) アジア太平洋放送連合(ABU)の十周年記念レコードを、ABUの昭和四九年総会に間に合わせる予定で制作していた。ところが、班員が小野の代替業務に追われ、レコード制作が総会に間に合わなかった。

二  (原告らの行為の就業規則違反の有無について)

1  規則一〇条一号違反について

(一) 規則一〇条が「職員は、上司の許可を得ないで、次の行為をしてはならない。」と定め、同条一号が「事業を営みまたは他の業務に携わること。」を許可事項と規定していることは、当事者間に争いがない。

そこで、規則一〇条一号の趣旨について、検討する。

労働者は、労働契約の締結によって、使用者に対し、労働を提供すべき義務(労働義務)を負担する。ところが、労働者が「事業を営みまたは他の業務に携わる」と、使用者に対する労働を提供すべき義務の履行が不能ないし不完全になり、ひいては職場秩序を乱すおそれがある。また、労働者は、労働契約の締結によって、信義則上、使用者の利益を不当に侵害しないように行為すべき義務を負担すると解されるところ、労働者の営む事業又は携わる業務の内容ないし性格いかんによっては(労働義務の履行が不能になるおそれがない場合にも)、使用者の社会的評価を低下毀損する等使用者の利益を侵害するおそれがある。

したがって、使用者は、右のような不利益を避けるため、労働者が事業を営み又は他の業務に携わることを一般的に禁止し、使用者の許可にかからしめることができると解される。規則一〇条一号も、右のような趣旨で、職員が事業を営み又は他の業務に携わることをNHKの許可にかからしめているものと解せられる。

とすれば、規則一〇条一号の許可・不許可を判断するについては、労働を提供すべき義務が履行不能ないし不完全になるおそれの有無やその程度、企業秩序を乱すおそれの有無やその程度、事業又は業務の内容や性格、とくにNHKの社会的評価に与える影響等の諸般の事情を総合して判断すべきである(ただし、労働を提供すべき義務が履行不能になる場合には、労働者が事業を営み又は他の業務に携わることを許可するか否かの判断について、使用者は広汎な裁量を有すると解される。けだし、使用者は、労働契約に基づき、労働提供を求める権利を有しているのであって、法令等に特段の規定のない限り、労働を提供すべき義務を免除する法律上の義務を負わないからである。他方、労働を提供すべき義務が履行不能になるおそれのない場合においては、使用者は、使用者の利益を侵害する等特段の事情のない限り、労働時間外の労働者の私生活上の行動について支配や拘束を及ぼし得ないのであるから、原則として、労働者が事業を営み又は他の業務に携わることを許可するよう羈束されると解すべきである。)。

そして、規則一〇条一号の前記趣旨に照せば、同号所定の「業務」とは、広く継続して行われる事務を含むのであって、第三者の支配下で反覆・継続するか、自らの意思と責任で行うか、あるいは、NHKの業務と関係するか否かを問わない、と解するのが相当である。

(二) これを本件についてみるに、龍村が映画「キャロル」の監督を担当し、小野が映画「キャロル」の企画・脚本を担当して、それぞれ映画「キャロル」の制作に携わったことは、規則一〇条一号所定の「他の業務に携わること。」に該当すると解される。そして、原告両名が同条号の許可を受けていないことは、前記一で認定したとおりである。

(三) そこで、NHKの右不許可に合理的な理由があったか否かについて、検討する。

(1) 前記一で認定した事実によれば、映画「キャロル」の制作には、二か月間程度これに専従することが必要と予想されており(実際には三か月余り要している。)、右期間中労働を提供すべき義務を履行することは不可能であったが、原告両名の有する勤労休暇をもって(慰労休暇日数を加えても)、右二か月間の労働義務全部の免除を受けることはできなかった、と認められる。

右のとおり、龍村と小野は、映画制作に携わることによって、NHKに対し、労働提供義務を履行することができなくなるのであるから、NHKは、右両名が映画制作に携わることを許可するか否かの判断について、広い裁量を有していた、と認められる。

原告らは、映画「キャロル」の制作期間は、映画の制作としては、異例の短期間であると主張する。しかし、問題は、映画「キャロル」の制作期間が他の映画に比べ短いか否かにあるのでなく、NHKが原告らの労働提供義務不履行を受忍すべき理由があるか否かにある。したがって、映画「キャロル」の制作期間が他の映画に比べ短いことをもって、原告両名の映画制作を許可すべき積極的理由とすることはできない。

(2) 前記一で認定した事実によれば、例年三月、四月は、新番組編成等のため、NHKの繁忙期にあたり、工藤班では龍村の欠務によって番組制作に支障を生じ、ラジオ番組交換班においても小野の欠務により英語番組の定期送付業務以外のトランスクリプション送付業務等に支障を生じた、と認められる(右のような支障を生じることは、昭和四九年二月当時においても予想できた、と推認できる。)。

(3) 《証拠省略》を総合すると、(イ)NHKには、アナウンサー、美術デザイナー、カメラマン等高度の専門的な能力を持つ者が大勢おり、それらの者がNHK外で能力を発揮しうる類似業務は多数存在する、(ロ)いわゆる他業務従事が不許可にされた例としては、昭和四四年に和田勉ディレクターが他社で映画を監督することにつき、長期間の欠務を生じるとして、不許可にされ、また、昭和四九年ごろNHKの音楽番組担当者が東京ユース・シンフォニー・オーケストラのリーダーとして国際青少年フェスティバルに参加するにつき、一か月間の欠務が必要となることから、不許可にされた例がある、(ハ)一方、他業務従事が許可された例としては、アナウンサーが司会業務に携わったり、デザイン担当の職員が劇場の舞台セットデザインに従事することを許可された例があるが、いずれも勤務時間外に従事するものであり、勤労休暇をとっても一日というのがほとんどである、と認められる。

右認定事実によれば、NHKの職員の中には、NHK外でも類似の業務に従事しうる能力を有する職員が多数おり、原告らの映画制作従事を許可すれば、同様に長期間の欠務を生ずる他業務従事を許可せざるを得なくなり、業務の遂行に支障を与え、ひいては職場秩序の維持に支障をきたすおそれがある(教養番組班の中には、龍村の欠務に対する不満の声があったことは、前記一の2の(四)で認定したところから認められる。)、と推認できる。

(4) ATGがいわゆる芸術映画と呼ばれる映画を制作し上映する団体であることは、当裁判所にも顕著である。

しかし、NHKが、原告両名の労働提供義務不履行を受忍してまで、芸術映画制作に積極的に協力すべき法律上の義務を負担するとの理由は見いだせない。

原告らは、映画「キャロル」の制作は、NHKに対する社会の評価、信頼に悪影響を及ぼさないから、許可すべきであった旨主張する。しかし、NHKに対する労働提供義務を履行することができない場合には、NHKに対する社会の評価、信頼に悪影響を及ぼさないからといって、直ちに許可を義務付けられるものでないことは前記説示のとおりである。

以上検討したところに照せば、原告両名が映画制作に携わることを不許可にしたNHKの判断が合理性を欠き、右不許可が無効であると認めることはできず、右認定を左右するに足る証拠はない。

(四) したがって、龍村と小野がNHKの許可を得ることなく映画「キャロル」の制作に携わった行為は、規則一〇条一号に違反する、と認められる。

2  規則八条八号、三条違反について

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 規則三条は、服務基準につき、「職員は、放送が公正不偏な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の育成に努め、国民に最大の効用と福祉をもたらすべき使命を負うものであることを自覚して、誠実にその職務を果さなければならない。」と規定している(右事実は、当事者間に争いがない。)。

(2) 規則八条は、「職員は、日常の服務については、次の事項を守らなければならない。」と定め、八号において、「休暇の付与を受けるときは、あらかじめ、別に定めるところにより上司の承認を得ること。」と規定している(右事実は、当事者間に争いがない。)。

(3) 規則二二条一項は、「職員には、次のとおり有給休暇を付与する。」と定め、一号において、「勤労休暇 ア 一月現在の在職者 年二一日 イ 二月以降の採用者または復職者 二一に採用または復職の月からその年末までの月数をかけ、これを一二で割り端数を切り上げた日数 この休暇は、職員がその年に出勤しなかったときは、付与しない。また、その年にとらなかったときは、翌年末まで有効とする。」と規定し、二号において、「慰労休暇 ア 満一〇年勤続者 一〇日 イ 満一五年勤続者 二〇日 ウ 満二〇年勤続者 三〇日 エ 満二五年勤続者 三〇日 オ 満三〇年勤続者 三〇日 カ 満三五年勤続者 三〇日 キ 満四〇年勤続者 三〇日 この休暇は、退職時まで有効とする。」と規定し、三号以下で生理休暇、産前産後休暇、母性保護休暇、忌引休暇、結婚休暇及び妻出産休暇について規定し、二項は、「前項の休暇付与についての規定は、別に定める。」と定める(規則二二条一項二号の規定の存在は、当事者間に争いがない。)。

(4) 休暇規程一条は、「本則第二二条の休暇の付与については、この規程の定めるところによる。」と規定する。

(5) 休暇規程二条は、「勤労休暇は、毎年一月一日(一月二日以降に採用され、もしくは復職し、または初めて出勤した者については、採用、復職または出勤の日の翌日)から一二月三一日までの間に付与する。」と定める。

(6) 休暇規程三条一項は、「慰労休暇は、資格発生の月からそれぞれ五年間に付与する。ただし、その期間内に付与を受けなかった者に対しては、退職時まで繰り越すことを認める。」と定め、同条二項は、「前項の資格発生の月とは、採用の月から起算して、休職期間(本則第七〇条第二項による兵事休職期間中、昭和二六年四月一日から兵事休職の事由のやんだ月に至る期間を除く。)を含めて、それぞれ本則第二二条第一項第二号に定める年数に達した月の翌月とする。ただし、大正一五年八月以前から引き続き勤務している職員については、同月の採用とみなす。」と定め、同条三項は、「第一項の規定によって退職時(懲戒免職によるときを除く。)にこの休暇を付与するときは、次のとおり処理する。(1) 退職発令月日は、残休暇日数にかかわらず、これを定める。(2) 在職期間は、退職発令年月日に残休暇日数を加えたものとする。(3) 前号の場合、休暇日数満了の日が退職発令の月の翌月以降に及ぶときは、その日まで勤務したものとみなす。(したがって、翌月の定期給与を退職発令の日の諸条件で算出し、退職手当に加算して支給する。)」と定める。

(7) 休暇規程一一条は、「第二条の勤労休暇ならびに第三条の慰労休暇は、職員の申し出により連続または分割して付与する。ただし、業務の運営に支障があると認められるときは、他の時期に付与することがある。」と規定する。

(8) 休暇規程一八条は、「休暇の申し出、付与については、第二条の勤労休暇および第三条から第九条までの諸休暇は勤務カードにより、第三条の慰労休暇は慰労休暇票(別紙様式)により処理するものとする。」と定める(右事実は、当事者間に争いがない。)。

(9) NHKでは、勤労休暇を労働基準法三九条に定める年次有給休暇に相当するものと取り扱っている。昭和四八年に年次有給休暇に関する最高裁判所判決がでた後は、右判決に従い、勤労休暇付与の申出に対して承認という形をとることなく、時季変更権を行使しないという意味の確認をするよう指導している。これに対して、慰労休暇は、NHKが独自に定めた、永年勤続者に対する報奨的、恩恵的な休暇とみなし、慰労休暇票による上司の承認が必要であると取り扱っている。

(10) 勤労休暇は、非常にひん繁にとられている。NHK内での勤労休暇の取得率はかなりに高い。これに対し、慰労休暇は、ほとんど退職時まで繰り越されている。慰労休暇の付与を受けたわずかな事例は、職員が家族を慰安するため旅行するとか、傷病欠勤が永く続いた後慰労休暇をとって休養したとの例があるだけである。

(二) 右認定の勤労休暇と慰労休暇との名称の違い、付与の資格、日数、方法の違い、及び、NHK内での取扱いに照せば、慰労休暇は、労働基準法三九条所定の有給休暇とは異なり、NHKが独自に定めた有給休暇であり、永年勤続者に対する報奨的、恩恵的な性格をもち、慰労休暇の付与を受けるには上司の承認が必要と認められる。そして、慰労休暇の付与を承認するか否かについては、慰労休暇の右認定のような性格からして、業務運営上の支障だけでなく、休暇の使用目的等をも考慮し得る場合があると解するのが相当である。

(三) これを本件についてみるに、龍村は、昭和四九年四月四日慰労休暇票を上司に提出して同月一日から同月三日まで及び同月五日から同月一三日までの合計一〇日間の慰労休暇の付与を申し出て、右申出が承認されなかったにもかかわらず、右申出期間中欠務し、小野は、昭和四九年四月二三日慰労休暇票を上司に提出して同月二三日から同月三〇日までの五日間及び同年五月二日から同月九日までの五日間合計一〇日間の慰労休暇の付与を申し出て、右申出が承認されなかったにもかかわらず、右申出期間中欠務したことは、当事者間に争いがない。そして、原告両名の欠務によって業務上の支障が生じたことはすでに説示したところであるが、原告らの慰労休暇の申出はそれぞれ勤労休暇取得後になされたものであるから、引き続き一〇日間の慰労休暇を取得することによって業務運営上の支障が生じるであろうことは推認できるし、また、原告らが右申請の慰労休暇期間中に再三許可しない旨申し渡された映画制作に携わることは明らかであったから、原告らの慰労休暇付与の申出を承認しなかったNHKの判断が合理性を欠き無効とまで認めることは困難である。

(四) 規則三条がNHK職員は誠実にその職務を果さなければならない旨定めていることはすでに認定したところであるが、龍村と小野は、慰労休暇付与につき承認を得ることなく欠務しているから、誠実にその職務を果さなかったと認めざるを得ない。

(五) してみると、龍村と小野が慰労体暇の承認を得ることなく欠務した行為は、規則三条及び八条八号に違反する、と認められる。

3  規則八条七号、三条違反について

(一) 《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 規則八条は、「職員は、日常の服務については、次の事項を守らなければならない。」と定め、七号をもって、「欠勤するときは、あらかじめ、欠勤願(様式第二号)により上司に願い出ること。」と規定し(以上の事実は、当事者間に争いがない。)、更に「傷病により引き続き七日以上欠勤するときは、診断書を提出し、その欠勤が二か月をこえるときは、二か月ごとにこれを更新すること。」と規定している。

(2) 規則三九条は、「職員が次の各号の一に該当するときは、休職を命ずることがある。」と定め、三号をもって、「傷病欠勤が引き続き四か月をこえたとき。」と規定し、四号をもって、「私事欠勤が引き続き一か月をこえたとき。」と規定している。

(3) 規則に基づいて制定されている「勤務カード・記入要領」は、「欠勤の承認印は、カード右端の上司印欄に押印する。」と定め、同要領別表「服務関係処理一覧」において、欠勤は「欠勤願により承認」するものとされている(右事実は、当事者間に争いがない。)。

(4) 業務の執行に関して定めた「職制」一〇条は、「各組織単位における職務基準および各職位の権限については、別表四に定める。」と規定し、別表四は、欠勤の願い出の処理について、管理職の欠勤願い出許可決定権限は部課長ないし部局長が有し、一般職の欠勤願い出許可決定権限は部課長が有すると定めている。

(5) NHKは、私事欠勤者に対しても、一日につき基本給の九〇パーセント及び家族給の一〇〇パーセントを支給している。

(二) 右認定の事実によれば、規則八条七号所定の欠勤の願い出には、上司の承認が必要であると認めるのが相当である。そして、右欠勤の願い出を承認するか否かについては、使用者は、法令等に特段の規定がない限り、労働を提供する債務を免除すべき法律上の義務はないから、欠勤の理由、業務上の支障等諸般の事情を考慮して決定し得ると解される。

(三) これを本件についてみるに、龍村は、昭和四九年四月一五日ATG映画制作を理由に同日から同年六月一四日までの二か月間欠勤したい旨の欠勤願を上司に提出し、右欠勤願が承認されなかったにもかかわらず、出勤せず、結局四五日間欠勤し、小野は、昭和四九年五月一〇日一身上の都合を理由に同日から同年六月一五日までの三〇日間欠勤したい旨の欠勤願を上司に提出し、右欠勤願が承認されなかったにもかかわらず、出勤せず、結局二七日間欠勤したことは、当事者間に争いがない。そして、原告両名の欠勤願がNHKが許可していない映画制作に携わるために申し出られたことは明らかであるし、原告らの欠務により業務上の支障を生じていることはすでに説示したとおりであるから、原告両名の欠勤の願い出を承認しなかったNHKの判断が合理性を欠き無効と認めることはできない。

(四) 規則三条がNHK職員は誠実にその職務を果さなければならない旨定めていることはすでに認定したとおりであるが、龍村と小野は、欠勤の願い出の承認を得ることなく欠勤しているから、誠実にその職務を果さなかったと認められる。

(五) してみると、龍村と小野が欠勤の願い出について承認を得ることなく欠勤した行為は、規則三条及び八条七号に違反する、と認められる。

4  規則四条違反について

(一) 規則四条が「職員は、その職務の遂行にあたっては、上司の指示に従うとともに互いに人格を尊重し、かつ協力して職場秩序の保持に努めなければならない。」と規定していることは、当事者間に争いがない。

(二) 前記一で認定した事実によれば、原告両名は、NHKから、映画制作に携わることを中止して出局しNHKの業務に従事するよう命じられたにもかかわらず、これに従わず、職場秩序を乱した、と認めることができる。

(三) とすれば、龍村と小野が出局命令及び業務従事命令に従わなかった行為は、規則四条に違反する、と認められる。

三  (原告らの行為の懲戒事由該当の有無について)

1  左の事実は、当事者間に争いがない。

(一) 規則六〇条は、「職員が次の各号の一に該当するときは、別に定めるところにより懲戒する。」と定め、一号をもって、「この規則またはこの規則に基づいて作成される諸規定に違反したとき。」と定めている。

(二) 規則六〇条は、「懲戒は、次のとおりとする。」として、懲戒の一つに「免職」を定めている。

(三) 規程一条は、「本則第六〇条の職員の懲戒については、この規程の定めるところによる。」と規定している。

(四) 規程一七条は、「免職または停職は、次の各号の一に該当する場合にこれを適用する。ただし、情状により、他の処分とすることがある。」と定め、二号をもって「正当な理由なしに無断欠勤が引き続き一四日以上に及んだ場合。」を、四号をもって「上司の許可なく在職のまま他に就職した場合。」を、一〇号をもって「正当な理由なしに職務上の指示、命令に従わず職場の秩序をみだした場合。」を、一四号をもって「前各号のほか、本則六〇条に該当し、その情が著しく重い場合。」を、それぞれ規定している。

2  規程一七条一四号及び四号について

原告両名の映画制作従事が規則一〇条一号に違反することは、すでに認定したとおりである。

ところで、原告両名の映画制作の態様は、ATGと提携した自主映画の性格を有すると認められるから、原告らの映画制作を規程一七条四号所定の「就職」に該当すると解することは困難である。しかし、原告らの映画制作は三か月余りの長期間にわたり、その間NHKに対する労働提供義務を履行することができなかったのであるから、原告両名の映画制作従事は右「就職」に匹敵するものと解するのが相当である。

したがって、龍村と小野が映画制作に携わった行為は、規則一〇条一号に違反し、その情が著しく重い場合にあたり、規程一七条一四号に該当すると解される。

3  規程一七条二号について

龍村が慰労休暇及び欠勤の願い出について承認を得ることなく合計五五日欠勤し、小野が慰労休暇及び欠勤の願い出について承認を得ることなく合計三七日欠勤したことは、前記認定のとおりである。

ところで、規程一七条二号が「無断欠勤」を懲戒事由としたのは、職員が正当な理由もなく恣意的に欠勤できるとすれば、勤務計画がたてられず、他の職員に過重又は不時の負担をかけるのみならず、勤労意欲を減退させ、ひいては職場秩序を乱し、事業の運営に支障を生じることになるおそれがあるので、かかる恣意的欠勤を防止するためであると解される。そして、《証拠省略》によると、NHKは、無断欠勤とは、欠勤願いによらず欠勤した場合と、欠勤の願い出に対して許可を与えられていないにもかかわらず欠勤した場合とを含むと取り扱っている、と認められる。

してみると、欠勤顧いを提出したが承認を得られず欠勤した場合も、恣意的な欠勤であることは変わりなく、その評価において無届欠勤と選ぶところがないと解されるから、規程一七条二号所定の「無断欠勤」に該当すると解される。

とすれば、龍村が慰労休暇及び欠勤について承認を得ることなく五五日欠勤し、小野が慰労休暇及び欠勤について承認を得ることなく三七日欠勤したことは、いずれも規程一七条二号に該当すると解される。

原告らは、私事休職制度は、解雇猶予制度としての機能を有し、職員にとって就業規則上の権利として予定されているから、右休職制度の趣旨及び私事休職制度における解職許容限度に照らして、原告らの私事欠勤を懲戒解雇の理由とすることは、著しく均衡を失する旨主張する。

しかしながら、私事休職制度が就業規則上の権利として予定されていると解する根拠はなく、また、欠勤の願い出が承認されていない本件を私事欠勤の願い出が承認されたうえ命ぜられる私事休職制度における解職許容限度と比較して論ずることは当を得ない。

したがって、原告らの右主張は失当である。

4  規程一七条一〇号について

原告両名が出局命令及び業務従事命令に従わず職場の秩序を乱したことは、前記認定のとおりである。

そして、原告らの右行為に、正当な理由が認められないことはすでに説示したところより明らかであるから(憲法二一条、民法九〇条違反の主張については、後述する。)、原告両名が出局命令及び業務従事命令に従わず職場の秩序を乱したことは、規程一七条一〇号に該当すると解される。

四  (解雇の意思表示について)

NHKが昭和四九年九月九日原告らに対し同人らを懲戒解雇する旨意思表示したことは、当事者間に争いがない。

第三  原告らの抗弁に対する主張及び再抗弁について判断する。

一  (憲法二一条、民法九〇条違反について)

1  原告らは、NHKが原告らの映画制作を不許可にしたことは、憲法二一条、民法九〇条に違反して無効であり、右不許可を前提とした慰労休暇の不承認や欠勤願の不許可も無効であるから、本件解雇も憲法二一条、民法九〇条に違反して無効である旨主張する。

2  しかしながら、憲法二一条のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではない。したがって、本件解雇の意思表示について直接憲法二一条に違反するかどうかを論ずる余地はない。

3  しかし、私人相互の間の法律関係は、私的自治の原則に基づき規律されるが、私人相互の社会的力関係の相違から、力の優越する者が力の弱い個人の基本的な自由を侵害し、右侵害の態様・程度が社会的に許容しうる限度を超えるときには、右侵害行為が民法九〇条の適用により公の秩序又は善良の風俗に違反して無効と解される余地がある。

これを本件についてみるに、原告らは、自己の自由な意思によって、NHKとの間で労働契約を締結し、NHKに対して労働契約に基づく労働提供義務を負担することになったのであるから、右労働提供義務と両立しえない範囲で原告らの表現の自由が制限されてもやむを得ないものと解される。前記第二の一で認定した原告らに対する懲戒解雇に至る経緯に照らしても、原告らの有する表現の自由に対する侵害が社会的に許容しうる限度を超えると認めることは困難である。

したがって、NHKが原告らの映画制作を不許可にしたことが民法九〇条に違反し、本件解雇も民法九〇条に違反する旨の原告らの主張は、理由がない。

4  原告らは、放送の制作労働者に対し「放送による表現の自由」を保障しなければならない、あるいは、映画「キャロル」制作を不許可にしたことは労働契約に内在する理念としての表現の自由に抵触する旨主張する。

しかし、右主張は、原告ら独自の見解に基づくものであって、当裁判所は採用できない。

二  (就業規則の解釈・適用の誤りについて)

原告らは、NHKの就業規則の解釈・適用が誤りである旨主張する。

しかし、原告らの右主張が理由のないことは、前記第二の二及び三で説示したところから明らかである。

三  (解雇権の濫用について)

本件全証拠によっても、NHKの龍村及び小野に対する懲戒解雇の意思表示が解雇権を濫用するものであると認めることはできない。

かえって、前記第二で認定・説示したところによれば、1原告両名は、映画制作業務に携わることを許可しない旨申し渡されたにもかかわらず、これを無視して、三か月余り映画制作に携わっている、2龍村はNHKの承認を得ることなく五五日間欠務し、小野はNHKの承認を得ることなく三七日間欠務しており、規程一七条二号所定の無断欠勤の限度である一四日をはるかに超えている、3原告らは、再三の出局命令及び業務従事命令を無視している、と認められるから、原告両名が懲戒解雇されたのもやむを得ないものと認められる。

第四  以上検討したところによれば、原告両名の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 小林正明 森義之)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例